三国大洋のスクラップブック

ジャック・ドーシー、世界制覇の野望 - (page 2)

三国大洋

2012-08-22 16:44

強力な支援者、強大なライバル、たくさんの不確実性

 ジャック・ドーシーいう人物に惹きつけられたと覚しき有力者は、スターバックスCEOのハワード・シュルツだけではない。

 スクウェアの取締役会には、米財務長官やハーバード大学学長も務めたラリー・サマーズ、出資元のクライナー・パーキンス(KPCB)から送り込まれたメアリー・ミーカーなども名前を連ねる。(ミーカーは90年代に「ネットの女王」の異名をとった元モルガン・スタンレーのアナリスト。彼女が定期的に公表するレポート「Internet Trend」は、シリコンバレー関係者の間では知っておかないと話にならないアイテムになっているという説も)

 また、先ごろ米ヤフー(Yahoo!)のCEOに就任した元グーグルのマリッサ・メイヤーをはじめとするシリコンバレー関係の著名人が個人で出資しているのは、それほど意外なことでもない。そのほかにも、仏イリアド=フリー創業者のザビエル・ニールや、最近ではバージングループ総帥のリチャード・ブランソンなども支援者になっている。

 ビザのジョー・ソンダースCEOや、最近別件で何かと話題のジェイミー・ダイモン(JPモルガン・チェースCEO)などもドーシー氏のメンター役といわれている(註9)。

 スターバックスのシュルツCEOは、数あるベンダーのなかからスクウェアと組むことにした理由について、ドーシー氏の存在と、スクウェアがスターバックスに見せたデモの二つが決め手になったと述べている(註10)。一見したところ内向的にさえ見えるドーシーだが、有力者たちに「夢を見させる」のがとてもうまそうなことは、この発言からも察せられるだろう。

 なお、スティーブン・レヴィから取材を受けたスクウェアのキース・ラボイスCOO(Keith Rabois:いわゆる「ペイパル・マフィア」の一人)は、「ドーシーは、事業戦略、製品デザイン、技術の3つがすべてわかる稀有な人物。私が会ったことのあるシリコンバレー関係者の中で、この3つについての知見を兼ね備えた人物とはほかにいない」と答えている。この3つのうち「どれか1つでも優れていれば立派な会社を作れる、2つの分野について優れていれば、たいていは大成功している」(ラボイス)というから、同僚のポジショントークだとしてもたいした評価である。また、この3つを兼ね備えた人物といえば、やはりまっさきに思い浮かぶのはスティーブ・ジョブズであろう。

 一方、スクウェアの前に立ちはだかるライバルも手強そうな相手ばかりだ。これまでは、言葉は悪いが「Twitterをつくった若造の遊び」くらいにしか捉えていなかった既存の大手企業などが、スタバとの提携発表を聞いて、本気で対策を打ってくる可能性も十分に考えられる。なお、この発表を受けて、POS/カード決済用端末最大手のヴェリフォンは株価が10%以上も急落したという報道(註11)もあったが、スクウェアが登場した2009年以降のヴェリフォンの株価推移をみると、少なくとも今までは直接的な影響はあまりなかったことが伺える。

 ヴェリフォンや、1億1000万人の登録ユーザーをもつペイパル(イーベイ傘下で同社の成長の柱)では、すでにスクウェアと同様の小型カードリーダーを発表している(いずれもスクウェアより若干低い手数料を設定)。5月下旬にはこの両社が提携を発表、トイザらスなど米大手小売200社の80%でペイパルアカウントを使って支払いできるようにしていくという(註12)。

 この2社だけでもたいそうな競合相手に思えるが、これは「ほんの序の口」となる可能性が高い。特にスクウェアが、クレジットカード(物理的な存在)に代えてスマートフォンを使うという前提であれば、グーグル(Android)、アップル(iOS)の2社は避けて通れない相手だ。グーグルがすでにGalaxy NexusにNFSチップを積んでいるのは既報の通りで、またアップルがまもなく投入すると噂されている次期iPhoneでもNFC対応機能を搭載してきて、それが同技術を使ったサービス普及の起爆剤になるのでは、といったある種の期待の声も高まっている(註13)。

 今のところ、両社がスクウェアと直接競合するような形でモバイル決済分野に参入すると決まったわけではない。グーグルのエリック・シュミット会長は以前に、NFCの用途としてはローカル広告などの分野の方により大きな潜在的魅力を感じると語っていたこともあった(註14)。

 けれども、たとえばスティーブン・レヴィが「分析とデータマイニングがスクウェアに本物のビジネスモデルを与えるかも知れない」(註15)と述べているように、超薄利の決済事業から、ある種のマーケティング支援事業に軸足を移すようなことになれば、両社の思惑が衝突するのも時間の問題と思えてくる(グーグルが検索分野で進めている検索結果のパーソナライズ化をローカル広告に置き換え、購買履歴にもとづいた割引クーポンの発行などをイメージしてみると多少わかりやすくなるかもしれない。前回引用したスターバックスとの提携で「実現しやすそうなシナリオ」と非常に近いものになるのではないか)。

 アップルの場合も同様で、すぐ先に決済機能がみえそうな「パスブック」という新機能を、秋にリリース予定のiOS 6に実装してくることは決まっている。こうした大手各社とスクウェアがどのような形で手を組んでいくのか(あるいは、いかないのか)は、同社の今後の展開を決める上で重要なポイントになろう。

 ここに挙げた数社だけでも、敵に回したらさぞかし大変だろうと思うが、スクウェアの世界制覇に至る道のりには、さらに携帯通信事業者、金融系の大手企業、それに大手小売業者やガソリンスタンドチェーンなどのグループが推そうとしている取り組みなどが立ちはだかる(註16)。こうしたさまざまな利害関係者とスクウェアがどういう形の関係を築いていくのか。今後の展開がとても興味深いものになりそうなことはほぼ間違いない。(次ページ「ユーザーエクスペリエンスで勝ち抜く」)

註9:ドーシー氏のメンター役

Dorsey met with some of the biggest names in finance, like JPMorgan Chase CEO Jamie Dimon and Visa head Joe Saunders. The demo won over the bankers. "Jamie has a Square reader on his desk," Dorsey says. And Visa became an investor.

The Many Sides of Jack Dorsey - Wired.com

また、今春スクウェアが開発したキオスク端末をタクシーに実験導入したニューヨーク市のタクシー・リムジン協会あたりも、ドーシーのシンパかと思われる。

With New Hardware, Square Begins Taxi Rollout - NYTimes Bits

これについては、ドーシーが「14歳の時からの夢だったタクシー・リムジン協会の会長と今、ミーティングしてきたところ」と、かつてデビッド・カークパトリックに嬉しそうに語っていたとの記述がある。

"I just had a meeting I've been wanting to have since I was 14," he says gleefully, "with the taxi-and-limousine commissioner." Their topic: "Technology in cabs. Making transactions faster and easier and more informational.

Twitter Was Act One - Vanity Fair


註10:スターバックスのシュルツCEOはドーシーに魅せられた

Schultz says he made the decision after talking to a number of "blue-chip" companies providing mobile transactions, but Square won out because of its impressive founder Jack Dorsey, and an eye-opening demo provided to Schultz a couple of months ago by the Starbucks digital team. "It was very obvious to me that this was a game-changer," he says.

Howard Schultz Explains How Square Will Caffeinate Starbucks - Wired.com


註11:ヴェリフォン株が10%以上も急落

VeriFone Falls After Starbucks-Square Mobile-Payment Deal - Businessweek


註12:ヴェリフォンとペイパルの提携

VeriFone and PayPal Sign Pact to Bring Alternative Payments to Large Retailers - VeriFone

なお、ヴェリフォンは国際展開も強みのようで、レノボと共同でタブレットを使った決済端末を開発する計画も明らかにしている。また、英国ではタクシー向けの情報ターミナルもすでに提供しているようだ。

Lenovo and VeriFone Announce Mobile Point of Sale Platform with PAYware Mobile Enterprise - VeriFone

VeriFone Media Brings Sky News into London's Taxis - VeriFone


註13:モバイル決済の起爆剤になるか

4 Ways Near Field Communication Will Change Your iPhone Experience - ReadWriteWeb

なお、この記事ではビザの「payWave」という仕組みをつかったニューヨーク地下鉄の自動改札のビデオが紹介されている。携帯電話をかざすだけで電車やバスに乗れてしまうというのが、もはや「日本の専売特許」ではないことを改めて思い知らされる。

Visa Lets Transit Riders Pay Fare with Cell Phones - Youtube


註14:グーグルのシュミット会長が考えるNFCの潜在的な可能性

グーグルのE.シュミットCEO、NFC技術を利用したモバイル広告事業に期待 - WirelessWire.jp


註15:スティーブン・レヴィ、スクウェアの可能性を示す

"Analytics and data-mining might provide Square's real business model."

The Many Sides of Jack Dorsey - Wired.com

なお、レベルアップ(LevelUp)という米ベンチャー企業では、実際に決済手数料を無料化し、マーケティングキャンペーンで成果報酬を受け取るような形にシフトしているという。

「モバイル決済はもはやコモディティ」 - 米ベンチャー、決済手数料無料で活路 - WirelessWire


註16:スクウェアに立ちはだかる強敵

So far, 14 merchants have signed onto the retail-led venture, including Wal-Mart Store, Target Corp., 7-Eleven Inc, Sunoco, Best Buy, CVS Caremark, Lowe's Cos, Royal Dutch Shell, Publix Super Markets, Sears, gasoline marketer Alon Brands Inc., Darden Restaurants, grocery chain Hy-Vee Inc. and the HMSHost unit of Autogrill.

Payments Network Takes On Google - WSJ

なお、この記事には、モバイル決済の金額が2016年には世界で6000億ドルに達しそうだという米ガートナーの予測が出ている。

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