急激な改革に消費者が反発 アップル流は受け入れられるのか
もともとJ.C.ペニーのCEOとしてロン・ジョンソンに白羽の矢を立てたのが、同社の大株主であるパーシング・スクウェアというヘッジファンドのビル・エイクマンという経営者だ(註8)。
簡単に言うと、「全国的に名も知られ、全米に約1100軒の店舗を構えながら、いまひとつ将来性に欠ける『おばちゃん御用達のデパート』を生まれ変わらせることができれば、大きな儲けが狙えるだろう」という思惑で、このエイクマンなる人物がJ.C.ペニー株式を買い集め、その再生をジョンソンに託した、といったところだろう。
そんな株主からの期待と世間の注目を背にJ.C.ペニーに乗り込んだジョンソンだが、今のところは思わぬ苦戦を強いられているようだ。
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このグラフは2011年11月から現在までのJ.C.ペニー株価の推移だ。ジョンソンのビジョン発表を受けて年明けには一時40ドルを超えた株価が、7月半ばには20ドルを切る線まで下落。8月初めに発表した四半期決算も前期に続けての赤字となったが、その後の株価は少し持ち直している。
これだけの業績低迷を招いた理由を一言で表現すると、ジョンソンが相当の荒療治でJ.C.ペニー再生を狙ったから、となろう。あるいは「川の向こう岸にたどり着く前から橋に火をかけた」という言葉も思い浮かぶ。
そんなラディカルな改革に向けた施策の中でも、「割引クーポンの全廃」は最も論争を呼んだものだったようだ。「初めから値下げを想定して高い値段をつけるのはナンセンス」「スターバックスでもアップルストアでも、商品の値段はいつも同じ」と、新たに「エブリデー・ロープライス」戦略を導入した。
しかし、これが見事に失敗する。
「これまで25ドルの値札をつけ、それを期間限定やタイムセールといった形で15ドルに割引して売っていた商品を、これからは常時20ドルで売っていく」とぶち上げたところまでは良かったのだが、バーゲンや割引が大好きな中核支持層の反発を招き、同一店舗の売り上げが前年比2割も落ち込んだという(註9)。
5月の決算発表を受けたWall Street Journalの解説
J.C. Penney's Ron Johnson Faces Turnaround Hurdles - WSJ8月の決算発表後に流れたBloomberg TVの解説
そのほか、抜本的なイメージチェンジをアピールするべく、新たなブランドの顔として人気コメディアンで司会者のエレン・デジェネレスを起用した。デジェネレスはもともとJ.C.ペニーのライバルであるターゲットの広告塔を務めていたのだ。ところが、エレンはゲイ(同性愛者)としても著名であることから、一部の保守グループが不買行動に出るという騒ぎが起きた(その後、騒動は沈静化した模様)。
ジョンソンは7月のFortune主催カンファレンスの際にも、「改革が進み、業績が上向くまでにはもうしばらく時間がかかる」「株主(ビル・エイクマン)もそのことは理解している」などと述べていた。エイクマン自身も8月下旬、ファンドの出資者に宛てた書簡で「ジョンソンを引き続き支持していく」と説明している(註10)。さらに、「2000年前後のアップルはもっとひどい状態にあった。あれに比べれば……」などともジョンソンはコメントした(註11)。
だが、十数年前、iPodがヒットする前のアップルとの大きな違いは、言うまでもなく「コアなファン」の支持だろう。アップルにはどんなに悪い状況でも「Macがないと仕事にならない」というユーザー、たとえばDTPやクリエイティブに関係するユーザーがいたし、そのほかにも俗に「Fan Boy」と呼ばれる熱烈な一般ユーザーがいた。
それに対して、今のJ.C.ペニーには長年支持してきた上得意客から不満の声が上がっている。また、そもそも買い物客の大半を占める女性客が「いかに割引クーポンやバーゲンセールに弱いかを、ジョンソンらは理解していなかったのではないか」という指摘も見られる(註12)。
J.C.ペニーは8月上旬に2度目の赤字決算を発表したが、これを踏まえて書かれたBusinessweekのコラムでは、ジョンソンらが直面する課題が端的に示されている。「J.C.ペニーにつきまとう二つの疑問」と題された記事では、「既存顧客が今後もJ.C.ペニーで買い物を続けるべき理由はなにか」、そして「他店を利用している消費者が、わざわざJ.C.ペニーに乗り換える理由はなにか」という質問への答えを示さない限り、ジョンソンが言うような(価格設定の変更に関する)『顧客への啓蒙活動』もあまり意味を持たず、「顧客の気持ちが分からなくなって衰退した過去の小売業者と同じ道を辿る」という指摘がみられる(註13)。
今年3月に出たFortuneの特集記事には、ジョンソンが若い頃に業界で名を知られるようになったターゲットでの成功体験から得た教訓として、「同じやり方を続けているだけでは数字を達成することしかできない。改革には創造性が必要だ」とあるから、苦境に立たされたからと言って無難な道を選ぶことはしないだろう(註14)。だとすれば、人の認識や行動を変えるようなヒット作が必要となる。
今、ロン・ジョンソンはJ.C.ペニーを「自社商品の売り場のほか、有名ブランドのショップが集まる専門店の集合体」に作り替えようとし、そのためにマーサ・スチュアートやセフォラ(コスメブランド)、リーバイスといった各社と契約を結んでもいる。これがジョンソンにとってのiPodやiPhoneとなるのか。今後の展開に興味津々である。(次ページ「ウォルマートも実験を始めたセルフ・チェックアウト」
註8:ビル・エイクマン
パーシング社はいわゆるヘッジファンドで、J.C.ペニー株式の2割弱を保有(別の投資家が運営するPEファンドとともに、実質的に38%ほどの株式をコントロール)する。過去には大手書店チェーンのボーダーズ(昨年倒産)の大株主となっていたり、バーンズ&ノーブルの支援で名前が出たこともあるようだ。さらに同社は、J.C.ペニーのライバルでもあるターゲットの株式取得だけを目的としたファンドを組成したが、これが一時は9割も値が下がったという話も。
In December 2010, his funds held a 38% stake in Borders Group and on December 6, 2010, Ackman indicated he would finance a buyout of Barnes & Noble for US$900M.
註9:クーポン廃止と決算をめぐる騒動
Why Everyday Low Pricing Might Not Fit J.C. Penney - Businessweek
註10:エイクマンの信任
註11:アップルでの苦境
Apple went through much tougher years then we're going through this year at Penney's. I joined in 2000. In 2002, Apple's revenues dropped 38 percent from 2001. In 2004, the stock was below where I joined in 2000. We all forget these things.
註12:クーポンの威力を読み違え
They didn't realize how "into" coupons their customers really were, said COO Mike Kramer. Johnson was shocked at their commitment to the "little scraps of paper."
註13:2つの質問
The solution to the problem is to "educate the customer on our pricing strategy," according to Johnson. .... to answer two fundamental questions: Why should J.C. Penney 's current customers continue to shop at J.C. Penney ? and Why should any of competitors' customers switch to J.C. Penney ? If it is not able to retain most of its customers and attract new ones, J.C. Penney is destined to fade into oblivion, as did other retailers that lost touch with their customers.
註14:大手術が必要なJ.C.ペニー
「 … フロアは汚れが目立ち、衣料品はたたまれずにくしゃくしゃ……そこそこ人の姿が目立つのは、処分品の売り場だけ」といった有り様らしい。
J.C. Penney needs transformation -- that much is clear. A visit to its location in New Jersey's Palisades Center in December made it obvious. It was two months before Johnson would unveil the new JCP, and the store was a wreck. Floors were dirty; clothes were strewn about, unfolded; cheap jewelry and toys were stacked in half-opened boxes in the middle of aisles. The only place with decent traffic was the clearance section.
また、この記事には「正価で売れたのは全体のわずか0.2%」「売上の72%が半値以下で売られていた商品」という話も
Seeing that uninviting mess, it's easy to understand that last year the company spent $1.2 billion -- almost 7% of sales -- on a stunning 590 promotions just to get customers inside its 1,100 stores. The result: Just 0.2% of sales were made at full price. Some 72% of goods were purchased at a discount of 50% or more.