技術開発のプロと選挙のプロ
オバマ選対本部について、組織や人に重きをおいて取り上げたのがThe Atlanticの「When the Nerds Go Marching In」という記事だ。
このページの冒頭に、若き日のスティーブ・ウォズニアックか、あるいはリチャード・ストールマンあたりを彷彿とさせる容姿の人物を捉えた写真がある。この写真から伝わってくるような雰囲気を持つ人々——しかも、Twitter、Google、Facebook、 Craigslist、Quoraといった大手やベンチャーで経験を積んだ人々がオバマ陣営のIT開発を主導したらしい。
The AtlanticとArs Technicaの両方に、CTOのハーパー・リードというソフトウェアエンジニアが中心人物の一人として登場している。オバマ陣営のITチームでCTOを務める前はThreadlessというシカゴ拠点のウェブサービス(註3)で技術責任者を務めていたそうだ。また、The Vergeによると「ProgrammerAppeal」というChromeの拡張機能を開発したことでも知られているらしい(註4)。
The Atlanticの記事には、初期のグーグルでダークファイバーを買い漁ったり、オレゴンでデータセンターの用地をひそかに確保したり、結局は失敗に終わったがサンフランシスコ全域をカバーする無料Wi-Fi網展開計画などを進めた人物、クリス・サッカによるリードの人物評が出てくる。
- 「リードが『オバマ陣営に雇われた』と聞いて、私がTwitterでフォローしているたくさんの、とても優秀なハッカーたちが大喜びしていた」
- 「コードの書き方を知っている大勢の連中が、リードのCTO就任を積極的に評価していた」
- 「オバマ選対本部のITチームは超一流レベル」
などと、高い評価を与えた。また、開票日にグーグル会長のエリック・シュミットが、このITチームと一緒に戦況を見守っていたのは事実のようだ(一緒のところを撮影した写真が出ている)。
CTOのリードをスカウトしたのは、2008年の選挙で自らCTOを務め、今回はChief Integration and Innovation Officerとして参加したマイケル・スレイビーだ。彼らが中心になって、有給の開発者だけで約1000人という大所帯を率いた。
そんなオバマ陣営のITチームには、内部だけで4つのグループが存在していたという。
- テックチーム:アーキテクチャの設計と必要な技術の開発および運用を担当
- デジタルチーム:ウェブサイト(BarackObama.com)、Facebook、Twitter、Tumblr、YouTubeなど、有権者と接するメディア部分をすべて担当
- アナリティクスチーム:さまざまなデータの収集と解析を担当
- フィールドチーム:選挙運動員のボランティアを支援する実働部隊
このほかに、メールマーケティングなどのシステムを提供する外部ベンダー2社とも契約を交わしたというから、関係者間の利害調整だけでも相当の困難があったことは想像に難くない。特にデジタルチームを率いたジョー・ロスパーという人物は、ブルー・ステート・デジタル(BSD、現在は大手広告代理店グループのWPP傘下)の共同創業者で、2008年の選挙ではオバマ陣営のスタッフとして雇われていたプロのマーケッターだ。オンラインでの選挙資金集めにかけては第一人者とされ、BSDが開発したシステムを使えば「一通の電子メールで300万ドルも集められる」という記述もある。
その一方で、たとえばユーザーエクスペリエンスの責任者からは、BarackObama.comについて「有権者を勧誘するような作りになっていない」「すべてが資金集めを目的として設計されている」などの指摘もあったというから、立ち場や経歴によるアプローチ=文化の違いが摩擦のタネになっていた気配も文章の行間から感じ取れる。(次ページ「難産だったNarwhalの開発」)
註3:Threadless
ウェブで公募したデザインの中からネットユーザーコンテストを実施し、人気の高いものをTシャツなどとして製品化・販売するサービスを提供。
註4ハーパー・リード
The Atlanticには、ハーパー・リードの多芸多才なギークぶり、ハッカーぶりを伝える次のような文章も載っている。
"Yet if you've spent a lot of time around tech people, around Burning Man devotees, around startups, around San Francisco, around BBSs, around Reddit, Harper Reed probably makes sense to you. He's a cool hacker."
"BBS, warez, self-organizing systems, Rails, the quantified self, Singularity. He wrote his first programs at age seven, games that his mom typed into their Apple IIC. "
"Unsurprisingly, Harper Reed read Steven Levy's Hackers as a kid."
"DJ Hiroki, who was spinning that night. Harper Reed knows the DJ. Of course."