三国大洋のスクラップブック

世論調査の限界を超えろ--オバマ陣営のデータ戦略は「有権者を一人ずつ数える」 - (page 3)

三国大洋

2012-12-31 17:00


 ワグナーのデータ解析のアプローチについて、Technology Reviewには「有権者をひとりずつ数えた結果」との記述がある。ごく小数のサンプルを対象にした調査結果を元に全体の傾向を把握しようとする「世論調査」のようなアプローチとは決定的に異なるこの手法が、前述のマイクロターゲティングを可能にする基礎にもなった。1990年代後半、インターネットの普及によって「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」というコンセプトが登場したが、それから十数年たった今、この選挙では個々の人間を相手とするコミュニケーションがすでに現実化し、大きな競争力の源泉となり、また実際に圧倒的な効果を生み出した、という見方もできるかもしれない。

 なお、2012年の再選に向けて、オバマ大統領のITチームは、資金提供者や投票者などのさまざまな種類のデータの「名寄せ」から作業を始めたという話は以前に書いた。これに関して、実は「2008年の選挙でオバマに投票した総計6945万6897人の有権者の氏名を特定して今回の選挙に臨んだ」というちょっと驚くべき記述もある。むろん、投票自体は無記名だが、同陣営のデータ分析チームはさまざまなデータを組み合わせて、選挙区ごとにもっともオバマに票を投じた可能性が高そうな人々の身元を特定できるようになっていたのだ。

 また、ITインフラ関連のツールについては、1日に120万件の電話(有権者の世論調査用)をかけられるシーメンス・エンタープライズ・システム製のシステム、さらにそれを統合したデータ管理用システムとしてヒューレット・パッカード製のアプリケーション「Vertica」(ライセンス料は28万ドル)などの製品名が出ている。Verticaについては1億8000万人の有権者データのほか、ボランティア運動員、選挙資金提供者、オンラインでオバマ陣営とやり取りした人々(ウェブサイトやソーシャルメディアなどで何らかのコミュニケーションがあった人、という意味かも知れない)のデータがすべて収められていたという。

 オバマ陣営のアプローチに関し、「リアルタイムウェブ」といった言葉を想起させるような、継続的なPDCAサイクルの中核にこのデータ分析が据えられていたという点も印象的だ。Technology Reviewの記事にはこのあたりの事柄について「EIPs」(Experiment-Informed Programs)という言葉が登場してくる。

 「さまざまな種類のメッセージが世論を動かすために、それぞれどの程度効果的かを計測するために設計された」というEIPsは、従来のターゲティングの限界となっていた前提を覆すものになったという。

 その前提というのは、たとえば「民主・共和両党のどちらにも触れる可能性のある中間層がもっとも説得しやすい」「過去にあまり投票所に足を運んだことのない有権者は、投票日当日に『投票に行きましょう』と連れ出すのがもっとも効果的な方法」といったものだ。これについてオバマ陣営のある幹部は「たった160人のサンプルで実施した調査の結果をもとに、リソース配分に関する重要な決定を下すなどまったく馬鹿げたことだ。しかし、これまで何十年もそういうことが行われてきた」と発言している。

 EIPsの具体的な成果については、メディケア(医療関連の制度)改革についての有権者の反応——66歳以上よりも45〜65歳の有権者の方が、オバマの考えを耳にして、彼に対する見方を変えて支持にまわる可能性が高いことがわかったとか、オバマに投票する確率が20〜40%しかないと見られていた有権者層が、性別による賃金格差の是正や女性の健康問題に対するオバマの考えにもっともよく反応することがわかった、などという例が挙げられている。

 つまり、有権者を年齢や性別、居住する地域などの人口動態データよりも、もっと細かい単位で把握していたということになる。

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