「商社は、どこでもなんでもやるというビジネスモデルということもあり、業績評価が数字だけになりがち。商社は強い競争心をもった人間が多いので、どうしても数字に走りやすい風土になる。ならば思い切って評価制度を変えよう」——。
DPF問題発覚後、槍田氏は思い切った社内改革に着手する。数字による定量評価は2割、残りの8割は定性評価にするという大胆な変更で、「社内にはかなりの衝撃が走った」としている。
数字に走りすぎた結果、世間には決して受け入れられない事件を起こしてしまったのなら、その評価制度は変えなくてはいけない。さまざまなビジネスを手がける商社では、分野ごとに扱う数字のケタも当然変わる。食料でもエネルギーでも、数字を追う人材ではなく、コミットした仕事をやり遂げる人材を育てていく方針に変えたのだ。また、国後島事件の後から取り組んできた社内コミュニケーションの活性化をさらに強化する取り組みも開始している。
槍田氏はこれらの新しい改革のスローガンを「良い仕事」と名付け、以下の3つの視点を中心に改革に取り組んできた。
- 世の中にとって役に立つものか … 社会の視点
- お客様やパートナーにとって有益で付加価値をもたらすものか … 取引先の視点
- 自分のやりがい・納得感につながるものか … 自分自身の視点
「いろいろ考えたが“良い仕事”しか浮かばなかった。だが“良い仕事”を突き詰めればスリーストライクアウトはないはずだと思っている。今ではこのコンセプトが、国内だけでなく海外にも浸透してきたように感じている」(槍田氏)
何事にも動じず、良い仕事で人材を育てよ
講演の最後、槍田氏は「人こそ、未来」という創業者の言葉を引き合いに、リーダーとして欠かせない心得として「何事にも動じないコアをもっていること、そして良い仕事を通じて人材を育てていくこと」の2つを挙げている。
幕末の時代、和服のまま、しかし胸には相当の覚悟を抱いて海外に出て行ったサムライたち。その中には創業者の益田孝の姿もあった。
「言語や資格など、ビジネスを行っていく上でスキルは非常に重要。だが一番大切なのはやはり人物。時代で求められるスキルは変わるが、信頼される人物像というのはいつの時代も変わらない。決死の覚悟をもって海を渡った幕末のサムライたちは当時、世界中から“ただものではない存在”として列強の目に映った。動じないコアをもっている人は結果として周囲を明るくし、みんなを元気にする。そして現在、リーダーの地位にある人は、スキルを超えてグローバルで信頼される人物を育てるという強い覚悟をもって若手に接してもらいたい」と後進の育成の重要性を説く。
世界を相手にビジネスを展開する商社だからこそ、日本でも世界でも受け入れられる人材の育成は何よりも重要な課題である。数字ではなくコミットを評価し、コンプライアンスを遵守することがすぐれた人材の輩出につながり、“良い仕事”の礎となる——二度の大きなコンプライアンス事件に遭遇し、乗り越えてきた槍田氏と三井物産の軌跡は、次世代のリーダー育成に悩む企業にとっても、学ぶところが多いはずだ。
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