イノベーションの新次元とそのリアリティ

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2013-04-09 08:00

 現在公開中の映画『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』は、アメリカの普通の老夫婦が長い年月を掛けて集めた現代アートのコレクションを米国中の美術館に寄付して行く物語だ。ストーリーの特異性もさることながら、この映画はクラウドファンディングによって制作資金が集められたことでも話題になっている。その額、915人から約1460万円。

 クラウドファンディングは、金融領域において個人の力を集める仕組みであるが、個人の力で世の中にインパクトを与える仕掛けは金融には限らない。例えば、モノづくりの領域であれば、3Dプリンタによって個人が製造業に参入していくことがリアリティを帯びてくる。サービス業ではクラウドソーシングによって個人がサービスを提供していくプラットフォームができている。

 つまり、金融業、製造業、サービス業のどの分野をとっても、個人が自らヒト、モノ、カネを、それを必要としている個人に提供するエコシステムができあがろうとしている。この多対多の仕組みでは、従来の一対多では難しかったレベルの顧客志向が実現されてゆく。企業が、消費者主導型の製品開発を試みたり、ビッグデータの分析によって消費者の行動をとらえようとしているのも、そんな個人を主役とした流れに抗おうとしているからだとも解釈できる。

そんな時代のイノベーション論

 最近のイノベーション論、キーワードは「サービス」「オープン」「エコシステム」である。

 「プロダクト」はコモディティ化の進展が早いから、イノベーションは「サービス」へ移る。自社のイノベーションにだけ頼っていてはマーケットのスピードに追いついていけないから、他者のノウハウも取り込んだ「オープン」イノベーションを指向する。そして、モノ、サービス、流通などの一連の仕組みをプラットフォーム上に「エコシステム」として構築することで盤石なビジネスが構築できる。その成功例がAmazonであり、Appleであると。

 最近のイノベーション論でAmazonやAppleが登場しない方が珍しいが、なぜかそれらが出てくると、自分事としてとらえられない。

 例えば、Ron Adner著『ワイドレンズ』では、なぜソニーの電子書籍端末が失敗に終わり、Kindleが成功したのかが、Amazonの構築したエコシステムによって説明される。Henry Chesbrough著『オープン・サービス・イノベーション』では、Appleの構築したプラットフォームビジネスの優位点が解説される。

 とはいえ、イノベーション論の中で語られる、これらの事例はあまりに華々しく、明日から実践してみろと言われてもぴんとこない。

イノベーションの新次元

 しかし、「サービス」「オープン」「エコシステム」といったキーワードをコモディティ化やスピードといった一般的なキーワードと結びつけず、顧客がより主導権を握って行くことと結びつけて解釈すれば、新しいイノベーションの形もにわかにリアリティを持ち始める。

 なぜならば、その時の顧客というのは、自分たちを含めた個人であるからだ。これが抽象的な法人の世界の話だと、相変わらずぴんとこないのだが、個人のレベルまで落ちてくると身近に感じられる。

 プロダクトでなく「サービス」を指向する必要があるのは、消費者が自分が達成したいことの手段としてプロダクトを位置付けており、目標の達成を「サービス」として提供されることを求めているからだ。「オープン」であることは、顧客の望むものを理解するために、顧客と協力関係を築くために必要となる。

 そして「エコシステム」は、顧客が求めているのは、もはや独立したプロダクトやサービスではなく、自分の目的を達成するための一連の仕組みであるからだ。これを自分たちのビジネスの当てはめるとどうなるだろうか。

 新次元のイノベーションがリアリティを帯び始めたとき、自分たちを取り巻くイノベーション議論のほとんどが依然として「プロダクト」を中心としたクローズドなイノベーションであることに気付く。「サービス」を中心に据えた「オープン」イノベーションを通して、「エコシステム」を構築する。

 そこに求められる組織と個人の能力は、従来のイノベーションに求められる能力とは、全く異なるものになるだろう。でも、いよいよ新しい次元のイノベーションへ飛び込んでいくときが到来したというのが実感である(ちなみに先ほど紹介した『ワイドレンズ』は、そのためのヒントとなる考えが満載でお薦めです)。

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飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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