組織の透明力

統制がきかない時代のリーダー像--鍵を握る「オープンリーダーシップ」 - (page 4)

斉藤徹(ループス・コミュニケーションズ)

2013-07-23 12:19

 それからというもの、浅井氏は率直に皆の意見に耳を傾け、徹底的に話し合った。「僕は素人だからぜひ教えてほしい」。そんな姿勢で接する浅井氏に、営業員も本音で応じてくれた。彼らには常に業績への強いプレッシャーがかかっている。やっていることがおかしいという感情は麻痺してゆき、間違った習慣が取り返しのつかないほど根強く組織にはびこっていた。浅井氏はそこに大組織の実態を見た気がした。問題と解決は「現場の事実と人の心の中」にある。彼はその経験を通じてリーダーシップの原点を見出したのだ。

 次の営業所長会議で、浅井氏はその事実を報告した。「不良在庫になった推奨商品はいったん営業所で引き取り、現場ニーズの高い商品を取り扱っていただきます。推奨商品の売り方は営業と話し合いますが、しばらくは売れなくなります。今少し猶予時間をください」。それを聞いて支店長は驚きの声をあげた。「いかに推奨商品ったって、売れない商品を放置しろとは言っていないぞ。まさか他の営業所ではそんなことは起きてないだろうな」――もちろん他の場所でも同じ現象が起きていた。現場を知らない所長はそのことに気付かず、営業員も報告すべきことと認識していなかっただけだ。営業幹部は、駆け出しの営業所長から大切なことを学んだのだ。

 それから4年後。浅井氏はやはり史上最年少で、群馬県を管轄する高崎支店長を任された。業績が低迷していた同支店は、わずか1年で日本ダントツの成績となる。しかも全営業員が標準以上の成績を残すという、やはり同社史上初の快挙だった。「絶対に落ちこぼれを見捨ててなるものか」。そんな彼の信念が実ったのだ。

 この時のことを浅井氏はこう語る。

 「何か特別なことをしたわけではなく、お互いに助け合える組織づくりに力を注いだんです。部下にもお客さまにも真摯に向き合い、彼らと喜びや悲しみを共有する。どうすれば彼らに貢献できるかを真剣に考える。社員もお客さまも機械ではない。心を持ち、感情で動く、自分と同じ生き物なんです」

 その後も神奈川、そして埼玉を歴任し、業績が低迷している組織を次々と立て直した。そして浅井氏は組織再生のプロフェッショナルと称されるようになってゆく。

 どんな組織でも、リーダーの影響力は絶大だ。リーダーの考え方や行動ひとつで、チームの風景はガラリと変わってしまう。

 統制型リーダーシップにおけるリーダー像は、中央から予算で統制し、個人成果を評価することで、組織の末端まで意のままにコントロールするスタイルだ。見るものは「人間」ではなく「タスク」であり、それを数字によって管理した。力の源泉は指揮権や人事権、情報統制といった「組織から付与された権限」であり、統制手法はアメとムチによる「外発的な動機づけ」だった。

 一方で、浅井氏の目指したリーダー像は、現場の社員視点にたち、個々の社員に献身することで、社員の自律的な行動を促進するスタイルだ。彼が見ていたのは「タスク」よりも「人間」であり、統制ではなく社員相互の助けあいを促進した。力の源泉は社員への奉仕や献身を通じて醸成された「社員の感情」であり、そこから生まれた共感や信頼が「内発的な動機づけ」を刺激して、社員の自発性を生み出したのだ。

 彼の目指したリーダーシップ像はブランニューなものではない。古くから「サーバントリーダーシップ」、すなわち奉仕して導くスタイルのリーダーシップの姿として語られてきたものだ。しかし、今まではそれを実行できるリーダーは少なく、あくまで選択肢の一つだった。サーバントリーダーシップは高度な「人間力」を必要とするものであり、経済的な価値を生みだすためにはパワーマネジメント、統制型リーダーシップの方が効率的なケースが多かったからだ。

 しかし、共感の時代において、一方的な統制型リーダーシップは反感を煽り、組織を機能不全に陥らせるだろう。コントロールするのではない、共感と信頼を求心力として人々が動いてゆく。そんな浅井氏のようなリーダーシップ像こそ、これからの時代に求められているものなのだ。

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