クラウドが中小規模企業(SMB)のITを変えるという視点でクラウド市場を分析した前回に続き、5回目の今回はSMBのクラウド活用事例を紹介したい。ポイントは、SMBにとってクラウドは、これまでコストや時間の問題から得られなかった機能を安価に導入するチャンスとなっている点だ。
連載第2回目で紹介した基幹システムでのクラウド活用事例と合わせてみると、いかにクラウドがIT全体を変えつつあるかがうかがえる。
IT部門を持たない中規模企業が紙ベースの資料をタブレットにリプレース
クラウドの強みを最大化してくれるのがタブレットやスマートフォンなどのモバイル端末だ。中でも画面が大きく操作や閲覧が容易なタブレットは、企業のツールとして無視できない存在になりつつある。チャーター便など航空機管理のL.J.Aviationも、タブレットとクラウドを導入して業務を効率化した1社だ。
米ペンシルバニアを拠点とするL.J. Aviationは、多目的航空機材約30基を所有し、航空機の運用などを行う非公開企業だ。従業員130人弱の中規模企業で、IT部門は持たずパイロット兼人事担当者がITも見ているという。航空機のパイロットは規制によりマニュアルの提携を義務付けられており、同社はタブレット(iPad 2)とクラウドによりデジタル化とモバイル化を実現した。
パイロットは、運用手順を定めた独自および標準のマニュアル、メンテナンス関連資料、保安管理システムマニュアル、連邦航空局の資料など汎用の資料、航空図に加え、航空機ごとのマニュアルなどを携帯する必要がある。これらはすべて紙ベースで、重さにして約32キログラム。L.J. Aviationのパイロットは、フライトの度にフライトバックに入れて持ち歩いていた。
全日空やUnited Continental Holdingsなど大手では始まっている航空会社のタブレット導入、IDCの事例紹介によるとL.J. Aviationでは2010年に検討を開始し、3年がかりで紙ベースのマニュアルを移行したという。単に軽くなり携帯しやすくなった、印刷コストが削減できた、などのメリットだけではなく、クラウドベースのファイル共有サービスを利用することで、頻繁に発生する文書の変更にも柔軟に対応できる。
ファイル共有サービスは最初、「Dropbox」を選んだ。だがセキュリティやファイルのバージョン管理が難しいなどの理由から、Appleの認定を受けたベンダーのモバイルコンテンツ管理ソリューションを導入することにした。ファイルのアップデートや同期、ログイン情報やダウンロードなどの管理が一元的にでき、セキュリティ対策という点でも安心できたという。L.J. Aviationに代表されるSMBの特徴として、「クラウドにより、ITを利用して特有の問題を解決することが可能となった」とIDCは分析する。これは、インフラのアップデートとしてクラウドを導入する大企業との違いという。
進むタブレットの活用とBYOD--セキュリティとビジネスプロセスの統合がカギ
米国では従業員1000人未満のSMB分野でのタブレット導入が増えている。IDCのデータによると、台数ベースでは従業員数10人以下、10~99人、100~999人のの全てのカテゴリで、2011年から2013年まで倍々ベースで増えている。タブレットの種類が増え、価格が下がったほか、クラウドやモバイル管理ソリューションの種類が増えたことも加速を後押ししていると予想できる。
このような中で従業員によるモバイル端末の持ち込み、いわゆるBYOD(Bring Your Own Devices)を許可しているSMBも少なくない。だが、調査によると明確なポリシーを設定しているSMBは3分の2、そのうちL.J.AviationのようにMDMなどの専用ソリューションを利用する(あるいは利用計画中)と回答した企業は4割を下回ったという。「大きな脅威を感じていない」というのが主な理由のようだと調査を行ったセキュリティ管理のFiberlinkは報告している。
BYODを選ぶにせよ、端末支給を選ぶにせよ、セキュリティ対策とビジネスプロセスの統合なしにはモバイルとクラウドの調和はままならない。この点は、企業の規模に関わらずクラウドとモバイルへの移行にあたってのポイントといえそうだ。
SMB向けのSaaSの基盤としてのパブリッククラウド
サービスをクラウドで提供する側でも、IaaSを中心にパブリッククラウドの利用が進んでいる。チェーン展開する小売業など向けに、店舗と本部の間のコミュニケーションツール「Shopらん」を提供するドリーム・アーツは、インフラ基盤にパブリッククラウドを利用している。
チェーン展開する店舗などで、本部と店舗との情報を連携するShopらん(出典:ドリーム・アーツ)
Shopらんは、本部からの指示や通達、指示や通達に対する店舗側の作業状況の報告など、これまでは電話やファクス、電子メールなどに頼っていたコミュニケーションを効率化するもので、イベント情報などを共有できるカレンダ機能もある。
元々顧客向けに開発した業務システムだが、自社がこれまで手がけてきた店舗運営のノウハウをパッケージ化して、SaaSとして提供することになった。当初は自社で所有するサーバで運用していたが、投資回収や拡張性などを考慮した結果、クラウドへの移行を決行した。
事業の拡大に合わせて必要なリソースを必要なときに購入するという拡張性や柔軟性――これは、クラウドをインフラに採用することで得られる利点だが、これだけではない。事業者が提供するAPIを利用して、設定した負荷のしきい値に基づき自動でサーバを増強するなど管理面でも作業が効率化された。このようにインフラでの作業が軽減したことで、本来の業務となるShopらんの機能拡充に集中できるようになったという。
このほかにも、ハートビートシステムズSMB向けのCRMや営業支援(SFA)のSaaS製品「クラウドビート」など、パブリッククラウドを利用したサービスの提供は増えている。屋台骨としてのクラウドの役割がますます重要になりそうだ。