こうしたことから、ベトナムで受注している案件に変化が起きていると考えています。
これまでは、特に「ウェブ系」と言われる分野でのシステム開発を受託するケースが多かったようですが、次第にスマートフォンのアプリ開発を受託するケースが増えてきたように思います。特に、中小企業で活発に受注している企業が、スマートフォンのアプリ開発を主業務に掲げることで、日本からの受注を伸ばそうとしているようです。
先日もホーチミン市のベトナム企業経営者たちとの懇親会の席上で、「ホーチミン市にあるベトナム系IT企業の大部分は、日本からのアプリ開発が主力となっているのではないだろうか」との発言もありました。
以上のことから、日本とベトナムのオフショア開発には、以下のようなことが起きていると私は推測しています。
2008年のリーマンショック以降、日本国内でシステム開発が停滞したが、その影響を受けベトナムへのシステム開発の発注が出なくなった。特にベトナムの中小企業では、システム開発の受注が厳しくなってきた。
一方で、ここ数年のスマートフォンのアプリ開発の波をベトナム企業が取り込み、新しい発注元の開拓を進めている。アプリ開発はこれまでのシステム開発よりも金額規模が小さいため、ベトナムへのオフショア実施企業ベースでは伸びているものの、金額ベースの落ち込みが激しくなっている。
土地バブル崩壊で厳しい経済状況に
2008年のリーマンショック以降のベトナムの経済状況について、もう少し詳しく見ていきましょう(図2)。

図2:ベトナム基礎的経済指標((独)日本貿易振興機構(JETRO)公表資料より)
ベトナムの2007年の実質GDP成長率は8.5%に達していました。この成長率を基本に考えると、リーマンショック以降の成長率の5~6%では、「景気が悪い」という感触になるのがベトナム現地での肌感覚となります。2010年初頭にベトナムの国営造船企業グループであったビナシンが経営破たんし日本でも報道されたことや、ベトナムの銀行が抱える不良債権問題が存在することを知っている読者もいるかと思いますが、これらがこの時期を象徴する出来事だと思います。
また、2008年の23.0%という消費者物価上昇率が示しているように、この時期ベトナムは「狂乱物価」とでも呼べるような状況を呈していました。生活関連物資の価格は軒並み上昇し、しばらくタクシーに乗らなかったら「また料金が上がったの?」と驚いたり、筆者が所属するインフォクラスターの拠点があるダナン市でも「1年前に買った土地の値段が2倍になった」という話を聞いたりした時期です。不動産投資のみならず建設ラッシュも相次ぎ、「投機目的の購入が多いため、ビルを建てるそばから売れていく」「たとえ建設会社に手持ち資金が少なくても、購入の手付資金でビルの建設が進められる」という状態でした。ベトナム人の言葉を借りれば、「土地バブルで経済が過熱した」という形です。
しかし、近年のベトナム経済は、外国からの直接投資が生命線といってもよいほどの状況です。JETROと在ベトナム日本大使館の情報をもとにすると、例えば2011年の経常収支(国際収支ベース)は約6億ドルのマイナスですが、貿易収支(国際収支ベース)は約98億ドルのマイナスです。同年の直接投資受入額が約147億ドル(ただし、外国直接投資「実行」額は約110 億ドル)となっていることからも、ベトナム経済における直接投資の影響度合いを推察できるでしょう。
ところが、2008年に予定されていた直接投資受入額が約717億ドル(JETRO資料。在ベトナム日本大使館資料では約640億ドル)だったのに対し、外国直接投資「実行」額は約115億ドル(在ベトナム日本大使館資料)にしか達しませんでした。
加えて、上記の土地バブルの過熱を抑えるため、ベトナム中央政府による金融引き締め政策の実施が加わることで、一気に不景気感が強まったように感じます。建設現場にも多くの外資系が参画していたこともあり、次々と工事が中止されていきました。また、外資系企業の社長の海外逃亡(夜逃げ)といった話も頻繁に耳にしたのもこの時期です。
こうした経済情勢となってしまうと、情報システムに投資する予算が一層厳しくなるのは日本でもベトナムでも同じです。しかも情報システム投資費用に比べて人件費が格段に安いため、機械化やシステム化を行わなくとも人海戦術で成り立ってしまうことが多いという背景もあります。
前述の戦略産業が選定される際にも、選定の作業グループである「ベトナム工業化戦略作業部会」で日本側が作成した検討資料において、ベトナムのソフトウェア産業は次のように説明されていた。
ポテンシャルはあると考えられるものの、現在のベトナムにおけるビジネスモデルは外国からのアウトソーシング事業が中心。組立工程のみのビジネスモデルを脱却し、国内付加価値を拡大するという主旨から外れるため戦略産業からは除外。
ただし、長期的なビジョンとして電子分野等の戦略産業が発展すれば、これらの産業とのリンケージ強化による付加価値増やあらゆる産業の生産性向上にも貢献し得る。
こう評されているほど、ベトナム国内でのソフトウェア産業は厳しい状況です。このような国内状況に加え、海外からのオフショアも減ったとなると、ベトナムを拠点とするシステム会社が受けた打撃が大きいことは想像に難くありません。