#1:初めにラウンドアバウトありき
テック・シティの始まりは小じんまりとしたものだった。そもそもはITやデザイン関係の小さな企業がオールド・ストリート沿いのあまり美しいとは言えず、評判もよくないラウンドアバウト(円形交差点)周辺に集まっていたため、2008年にその地理的特徴から「シリコン・ラウンドアバウト」という言葉が生み出された。
この地理的特徴にちなんだコミュニティーの名前は、さまざまな地図に掲載されたせいもあり、広まっていった。
この名を記した最初の地図では、該当地域の中心がオールド・ストリートのラウンドアバウトになっていたため、そう命名されたのだという。シリコン・ラウンドアバウトという名前が人々の興味を引くようになったのは2008年のことだが、当地に拠点を構えていた企業の数は当時、10数社に過ぎなかった。その後2010年1月にWired UKが地図上で確認したところ企業の数は85にまで増えていた。そして現在、イースト・ロンドンのテクノロジおよびクリエイティブなエコシステムの概要を俯瞰するプロジェクト「Tech City Map」がまとめたところによると、同地域(ハックニーやタワーハムレット、ニューハム、イズリントン、グリニッジを含む)で操業している企業は1381社となっている。
Tech City Mapの地図が最初に作成された2011年当時は819社の企業が挙げられていたものの、ウクレレ店や美容師学校、出版社、メディア企業、その他の業種の企業など、IT系新興企業以外の企業も含まれていたという点が批判されていたことも記しておくべきだろう。
さまざまな地図作成が試みられているのは、テック・シティは地理上の定義すらはっきりしておらず、境界も流動的であり、拡大し続けており、何度も定義し直されているためだ。その柔軟性はまるで、この地区の新興企業の1つが開発した自己硬化シリコンゴムの「Sugru」さながらである。
ロンドンの東側に位置するこの一角、特にオールド・ストリート・ラウンドアバウトからショーディッチにかけて緩やかな円弧を描いている地域は以前から、ある種の異空間となっていた。19世紀中頃まで壁に囲まれていた旧市街のすぐ外側には、シティ・オブ・ロンドンの立派な町並みがほんの目と鼻の先にあるとは思えないくらいの安っぽくてみすぼらしいエリアが広がっており、奇妙な感じがしていた。
このエリアにおける取り組みを率いているハックニーの区議員Guy Nicholson氏によると「ロンドンの中心地の一角に放置された、文字通り誰もそこに行きたくないと思うような地区があった。そこにいた人たちは、その地に取り残されていた」と述べている。
しかしある時点で、安い賃貸料と、仕事に使える十分な大きさの倉庫スペースに引かれ、芸術家らがこのエリアに流れ込んできた。その後、彼らの作品を展示するためのギャラリーができ、ギャラリー来訪者のためのカフェやバーも営業するようになった(なお、さらに過去に遡るとこの地域では何世紀にもわたって創造的な産業が栄えていた。例を挙げると16世紀のスピッタフィールズではユグノーと呼ばれるフランスからの移民による織物産業が盛んだった)。
Nicholson氏は「この周辺で芽生え始めたのは経済活動を伴う芸術主導の文化であった」と述べている。