朝日インタラクティブは3月13日、都内で「ZDNet Japan スマートデバイスセミナー update」を開催した。スマートフォン・タブレットなどのスマートデバイスの企業導入が加速しているが、スマートデバイスが注目を集めているのは、業務効率化やコスト削減といった効果が期待されているからだけではない。スマートデバイスが当たり前の存在になると、企業やビジネスパーソンのあり方そのものが変わる可能性があり、この動きに企業はどう対応すべきか、その道筋が模索されているのである。
「新たな局面を迎えたスマートデバイス活用」という副題が掲げられた今回のセミナーでは、BYODによるデバイスの導入や、"スマートデバイスありき"の新たな業務スタイル・事業戦略など、企業の内側へより深く浸透しつつあるスマートデバイスの活用法について、識者が知見を披露した。
BYODの検討は「企業のあり方そのものの見直し」
デロイト トーマツ コンサルティング執行役員 松永エリック・匡史氏
セミナーのオープニングとなる基調講演に登壇したデロイト トーマツ コンサルティング執行役員の松永エリック・匡史氏は、「BYODの新潮流とワークスタイル改革」と題し、スマートデバイスを導入しようとする企業の内部で今どんな摩擦が生じているかを解説。スマートデバイスやBYODをめぐる諸問題を乗り越えるためには、これをきっかけに社内のコミュニケーションを戦略的に見直す視点が求められるという。
多くの企業が、グローバル化への対応、意思決定の迅速化といった経営課題を抱えている。また、戦後日本の企業はさまざまなイノベーションを興してきたにもかかわらず、バブル崩壊を経た1990年代以降「元気がない」と言われることが多く、実際に米国や中国と比較すると、日本では企業の売上高に占める新規事業領域分が少ないことがわかっているという。
このような課題を解決するため、「企業は変わらなくてはならない」と叫ばれ、多くの企業が変わろうとしているにもかかわらず、実際に自ら変革し、再びイノベーションを興すことのできた企業は少ない。
松永氏はその理由として、3つの問題点を挙げた。第1は、ビジネスの環境が大きく変わっているのに、多くの企業は「組織や風土がガチガチ」で柔軟性に欠けていること。例えば、新規事業に必要な要素が社内に揃っているにもかかわらず、組織構造が縦割り型のため、売上や責任の分担といった調整に時間がかかり、迅速な投資を行えない。第2に、人々が求める働き方は多様であるにもかからわず、そのニーズに対応できていないこと。制度上在宅勤務が認められていないために、小さな子供を持つ従業員が働き続けることが困難となり、出産を機に会社を辞めてしまうといったケースが少なくない。そして第3に、社内外のコミュニケーションの問題がある。無駄な会議や稟議書の滞留で意思決定が遅くなってしまったり、SNS等の利用を禁止する規定のせいで社外とのコラボレーションの機会が失われたりと、古いコミュニケーション形態が機会損失を招いている。
これらの状況が放置されると、従業員のモチベーション低下を招き、優秀な人材が外部へ流出する。松永氏は、経営課題を解決できるかは「どんな人材を確保できるか」にすべてかかっていると指摘し、人をつなぎ止めておけなくなることこそが、企業における最大の問題であるとした。対してスマートデバイスは、場所・時間に拘束されない働き方や、組織の構造を超えた新たなコミュニケーションを実現するものであり、前述の諸問題を解決するのにうってつけの手段に見える。
しかし、企業が導入したスマートデバイスは、セキュリティや管理上の理由で、カメラが使えなかったり、SNSへのアクセスができなかったり、自由にアプリが追加できなかったりと、機能制限されていることが多い。その結果として、従業員は自由に使える私物の端末を業務にも使用するようになり、なし崩し的にBYODが始まってしまう。松永氏は、Gmail、Dropbox、Evernoteなどのクラウドサービスを挙げながら「これらは会社では『×(バツ)』のアプリケーション、しかしひとつも入っていない人はいない」と話し、「シャドーIT」と呼ばれるような、企業の管理下にないリソースが業務に使われることは現実には避けられないと指摘した。
適切な管理体制を敷いてBYODを認めるのか、それとも私物の持ち込みは一切認めないのか。いずれにしてもルールなき黙認状態から脱することが重要だが、組織としての方針を検討する際、コストの試算から入るべきではないと松永氏は強調する。万が一情報漏洩事故が発生した場合のリスクと、それを回避するためセキュリティの確保にかかる費用を考えると、スマートデバイス導入の損益分岐点は極めて高く、ほとんどの場合「割に合わない投資」になってしまうからだ。
しかし、スマートデバイスの活用が、顧客満足度の向上や社内コミュニケーションの問題の解決などにつながるのであれば、導入・運用にかかる費用は、コストというよりも利益の源泉になる。また、そのように「スマートデバイスで何を実現したいか」が明確であれば、私用端末から社内システムへどこまでのアクセスを許可するか、どんなアプリケーションの利用を許容するか、社外での業務をどのように管理・評価するか、社内の誰から導入を開始するかといった諸条件も自ずと明確化される。松永氏は「こういうものを導入するのはITの仕事ではなく経営マター」と述べ、BYODの是非は情報システム部門だけでなく、経営者を交えて検討することが不可欠であると話した。また、ワークスタイルの変革時には人事・労務管理で必ず新たな課題が生まれるため、外部の人事の専門家に意見を求めることも必要と指摘した。
新たなリスク要因になりかねないBYODは、経営者にとっては排除したくなる要素かもしれないが、スマートデバイスが組織やワークスタイルを変革させる可能性を持っていることは間違いなく、また前述の通り、今やBYODを排除しきれない現実が目の前にある。松永氏は「BYODは社員のコミュニケーションを見直す出発点」と話し、スマートデバイスをどう管理するかの問題と考えるよりも、自社が抱える課題や人材維持の方策など、企業のあり方そのものを見直す好機であると捉えることが、BYODを成功させる鍵になるとの見方を示した。