稼いでも幸せになれない事実
ここ最近やたらとお金の話題が多い。年初から少額投資非課税制度(NISA)がスタートし、4月からは消費税アップ。そして景気が好転する中でベースアップするかしないかというニュースも多かった。どれも基本的には収入が増えるかどうか、生活が楽になるか苦しくなるか、といった話である。
しかし、アメリカで行われた調査(『「幸せをお金で買う」5つの授業』P16)によると、年収が2万5000ドル(約258万円)から5万ドル(約515万円)に倍増しても、幸福度は9%しかアップしない。さらに年収が7万5000ドル(約773万円)を超えると、もはや幸福度には変化が見られないという。
つまり、収入が一定の水準を超えてくると、収入が増えても幸福度にはあまり寄与しないということだ。
住居に関する調査(同書P27)がある。関西学院大学のグループが、住んでいる家に不満があって新居に引っ越した人たちを数千人規模で追跡調査したという。
その結果によると、転居後5年間にわたり、住居そのものに対する満足度は高い状態が維持されるが、生活そのものへの満足度には変化が見られない。つまり、物的な満足というのは、それそのものへの満足度であって、生活全般の幸福度とは別だということだ。
稼ぐよりも、いかに使うか
著者のElizabeth DunnとMichael Nortonによれば、幸福度を高めるために重要なのは、いかに稼ぐかではなく、いかに使うかだ。同書によれば、幸福度を高めるお金の使い方のポイントは、
- 経験を買う
- ご褒美にする
- 時間を買う
- 先に支払う
- 他人に投資する
だそうだ。興味のある方は是非読んで頂きたいが、これらの示唆は一般的な経済概念に反するものが多い。せっかくお金があっても、それを物欲を満たすことには使わず、毎日おいしいものを食べる余裕があるのにたまにしか食べず、さらにはお金は人にあげてしまう方がいい、といった幸福度を増すテクニックが豊富な研究事例に基づいて説かれているのである。
使い方を豊かにしてくれるテクノロジ
最近思うのは、世の中の利便性や効率性を高めてくれるテクノロジは、意外と人々の幸福度アップに役立っているのではないかということだ。
例えば、旅行者とホストをPtoPで結びつけるAirBnBは、単にホテルの代替サービスというよりも、ホストとのコミュニケーションを通じた体験型のサービスだと言える。また、クラウドファンディングへの投資は、単なる利回りの良い資金運用というだけでなく、何に投資するのか、それが何の役に立つのかまで含めた体験の提供だ。
既存のプレーヤーに比してベンチャーがより利用者の視点に近いとするならば、ベンチャー企業が立ち上げるサービスは、よりわれわれが求めるものの本質を突いているのかもしれない。一定の豊かさを享受する経済先進国では、いかに殖やすかよりも、むしろいかに使うかへと視点は移りつつあるのではないだろうか。
新しいサービスの考え方
同書が示してくれるアイデアは、幸せを得ることが目的であるならば、もはや稼ぐことに精を出すより、使うことに工夫を凝らす方が大切だということだ。そして、それは必ずしも従来の経済合理性には合致していないところがポイントだ。
こうした考え方の変化は、お金を扱う金融サービスも、旅行業もレストランも自動車メーカーも、生活者を対象とするあらゆるサービスに影響を与えるだろう。安いけどちょっと不便な新しいサービスは、その安さの方ではなくて不便であることが受けているのかもしれない。
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。