Apple Pay発表の中で(Appleのナンバー3でこの件の担当幹部である)Eddy Cueが「ユーザー自身が手持ちのクレジットカードを内蔵カメラで撮影し、それをApple Payで使うこともできる」とデモしていたが、ああしたやり方で省けるカード発行会社側の手間――ICチップ入りの新式カードへの交換の手間はどれくらいになるのだろう。むろん、それよりも大きいのは、Apply Payの実装がこれまで新型のPOS端末導入を躊躇してきた小売店への切り替えの刺激(動機付け)になりそうという点だろうが。
iPhoneユーザーの絶対数や相対的に収入または可処分所得が多いとされるそのデモグラフィーを考えると、NFCベースの決済について当初よく指摘されてきた「ニワトリが先かタマゴが先か」という問題をApply Payが解決してくれると事業者側が期待するのも無理はなさそうだ。
そうしたことを含めて、このApply Payに関するAppleのやり方は、10年ほど前のiTunes Music Store(iTMS)の時とほぼ一緒といえると思う。
iTMSが出てくるまで困っていたのはレコード会社(音楽レーベル)だった。彼ら抱えていた問題は、ネット上を流通する膨大な数の不正コピーへの対策であり、当時は米RIAAという音楽業界団体が普通の大学生を何人も訴えるという騒ぎさえあった。
それに対して、一般ネットユーザーはどうだったかといえば、あまり問題は感じていなかったように思う。確かにNapsterやGnutellaなどのソフトウェアで曲を探してダウンロードしてくるというのには面倒な部分もあったが、楽曲の入手にお金はかからないのだから、問題にはなりようがないはずだった。
別の言い方をすると、ユーザーは楽曲入手・管理の利便性ならびに(訴えられたりしないという)安心感を得られる代償として1曲99セントを支払うことを了解しただけであって、特に問題を解決したくてiTMSを使うことにしたわけではなかったと思う。この利便性と安心感というのはApple Payでも同じで、ましてやユーザーが利用に際して手数料を直接取られるということもないから、あとは利用したくなるインセンティブだけが普及にあたっての課題だろう。
決済事業単体で儲ける必要がないApple――その点は、Androidをタダで配れるGoogleとよく似ている感じもする――は、iPhoneユーザーがApple Payを使いたくなるような動機付けの提供に力を入れてくる。すでに話の出ているポイント制度の仕組み(それがPassbookを利用したものになるかどうかは不明だが)などは、その利用促進のために事前に用意したものとも思える。
そうしたことで、敢えて結論めいたことを付け加えるとすれば、Appleは消費者、つまりiPhoneユーザーが抱える何らかの問題を解決する必要はなく、彼らがApple Payを使いたくなるよう上手くたらし込みさえすればいい、ということになろう。
この話題に関連していくつか面白い数字が出ているBloomberg記事を見付けた。気になった部分を抜き書きしておく。
- カード発行会社(金融機関など)が得る手数料――swipe feesと呼ばれているらしい――は年間400億ドル以上。ただ、この数字が米国だけのものか全世界のものかの説明はない。ちなみにAppleの年間売り上げはいまざっと1708億ドル(2013年度)
- 調査会社Forrester Researchの予想するモバイル決済市場の規模は、2017年に約900億ドル(現在の4倍以上)
- Appleが提携したカード決済事業者3社に関して、VisaとMasterCardの2014年の取扱高は米国だけで合計3兆3200億ドル、カード発行と決済の両方を手がけるAmerican Expressの取扱高は6370億ドル
つまり全部含めて、ざっと3兆8000億ドルくらいのお金が動いているという前提で、そのうちの手数料が何%(場合によってまちまちだろうが、2%といた数字で試算していた記事もあった)で、さらにそこからAppleの分け前が……ということになるが、たとえば3兆8000億ドル×1%=380億ドルになってしまうから、仮にその1割を取れたとしても38億ドル(3800億円)で、1708億ドルという全体の売り上げと比べるとあまり大した額でもない(もちろん絶対金額が少ないわけではないが)。