東日本大震災が変えたプロジェクトの方向性
喜連川氏は、NIIの所長としての顔とは別に、東京大学生産技術研究所 教授という研究者としての顔も持っている。
研究者としての喜連川氏が最近注目されたのは、日立製作所と共同で実施した「FIRST(内閣府最先端研究開発支援プログラム)喜連川プロジェクト」である。
既存技術に比べて1000倍のスピードで動作する「非順序型データベースエンジン技術」を開発し、この技術によって開発された日立の「Hitachi Advanced Data Binder プラットフォーム」は、業界標準ベンチマーク「TCP-H」において前人未踏の100Tバイトクラスでその高速処理性能を証明し、世界で初めて登録された。
業界標準ベンチマーク「TCP-H」において前人未踏の100Tバイトクラスでその高速処理性能を証明(提供:日立製作所)
「従来のデータベースエンジンの100倍の性能はさまざまな環境で実証されています。日立製品だけでなく、オープンソースソフトウェアの地理空間データベース『PostGIS』でも、今回開発した技術を使って同様の成果を出しています」と語る喜連川氏だが、国から40億円の予算を提供されたプロジェクトなだけに、100倍ではなく1000倍の性能を証明することが当初の狙いだった。
しかし、100倍の性能を持つ技術をまずは製品化することを優先させた。そこには、あるできごとが影響していたという。
このプロジェクトは、2010年3月に始まった。研究を進めていた翌年の2011年3月、東日本大震災が起きた。
「被災地でがんばっている方々の姿を拝見して、何とか自分たちも製品化まで到達しようじゃないかということになったのです。製品化までこぎつけるのは、正直言って困難だと思われました。しかし未曾有の危機の下で、自分たちにできることは何かということを考えれば、製品化という答えしかなかった」
電力供給などの不安が日本全体を覆っていたなか、深夜の電力を使って作業は続けられ、2013年6月に製品化の目処がついた。製品化とは、国の予算を使って実施されたハイレベルの学術研究が、現実の社会にいますぐ役立つということを示したことを意味する。
「100倍の性能が製品として実現できるということを、われわれの実証作業だけでなく、世界標準として記録したかった。だからTCP-Hのベンチマーク実験に参加したのです。いままで30Tバイトの記録はありましたが、100Tバイトの記録はなかった。誰もやっていないなら、われわれがやってやろうということですね」と喜連川氏は笑顔を浮かべながら話す。