心理に着目したワークスタイル変革を
従業員価値を最適化するために解消すべき従業員の負担には、物理的なものと心理的なものがあることを論じてきた。これらは両輪のはずだが、先述したとおり投資の反面が強いことから物理的な負担軽減の方にフォーカスされがちだ。
「ウェブ会議システムを入れたら会議が増えて忙しく感じる」「スマートデバイスのおかげで常に仕事している気分になってしまう」--このような現象は従業員の心理面の検討を疎かにした結果として発現してしまう。物理的な時間効率は確かに改善しているにも関わらずだ。
Lynda Gratton著の『ワーク・シフト』で、1人の架空の女性が物理的な時間効率が極限まで高まってしまった労働環境で働くさまが描写されているが、あれを読んで自分もこのように働きたいと感じる方は少数派ではないかと思う(詳細は書籍を手にとって確認されたし)。
優秀な人材の取り合い、すなわち“War for Talent”の時代においては人材の確保とともに人を育てる土壌が必要になる。心理的負担が高い労働環境に、優秀な人材が長く留まってくれるだろうか。アルバイトの働き手が足りず開店できない状況に陥ったとある飲食店チェーンの話は、決して対岸の火事ではないのだ。
デジタルテクノロジによるワークスタイル変革においても、物理的な効果よりも心理的な効果を重視した方が、変革の主人公である従業員の支持を得やすく進めやすくなる。図3をご覧いただきたいが、物理的負担と心理的負担の両方の解消がゴールだとすると、まず最初に解消すべきは心理的負担の方である。
しかし、実際は物理的負担を解消したのみで終了しているケースが多いのだ。このような事態が続けば、従業員は自社のIT部門に「どうせ満足のいくものは導入されない」とレッテルを貼り、自社のICT環境への興味と期待を失っていく。このような従業員たちがいずれシャドーITに走ってしまうのは想像に難くないだろう。
心理的負担の軽減を重視するアプローチの、IT部門における最大のメリットは、今や最大の脅威となっているシャドーITのリスクを抑制できることにある。しかし、心理的負担の軽減はIT部門の活躍だけで成し遂げられるものではない。
例えば先述した「上司が帰らせてくれない空気」や「常に仕事をしているような感覚」といった不満や負担は、IT部門としては手出しできないケースが多いだろう。従業員の心理的負担の中身は、会社の制度や文化、オフィス空間や設備(什器や会議室)などIT部門の管轄ではないテーマが少なくないのだ。
ここで以前提唱したCINO(Chief INnovation Officer)を設置するストーリーを思い出してほしい。「CINOは、ワークスタイルに直接関係のあるデジタルテクノロジの導入はもちろんのこと、関連する人事制度やオフィス環境にまで影響力を与える存在であるべきだ」と論じたが、ワークスタイル変革は今や1つの部門の働きだけで成し遂げられるものではなくなっている。社内外の複数の関係者が多数絡んだ状態でどのようにワークスタイル変革を推進していけば良いかについては、次回連載(第4回)で触れる予定である。