デジタルテクノロジで従業員に選択肢を
従業員の期待を裏切ってしまったストーリーを1つ紹介しよう。とある企業で仮想デスクトップ環境の導入が決まり、従業員の期待は大きくふくらんだ。なぜならば、従業員は貸与されたモバイルPCの扱いに難儀していたからだ。
ハードディスクは暗号化されているが、紛失時のリスクの最小化には至らず、結局PC内のファイルの格納状態を週次で報告する義務が課せられていた。仮想デスクトップ環境が導入されれば、リスクの高い状態のPCを持ち歩く必要がほぼなくなり、それでいてどんな場所でも、どんな端末からでも業務が可能になるのではないかと期待したのだった。
しかし、ふたを開けてみれば従業員の期待は失望に変わった。導入された仮想デスクトップ環境は、今まで通り貸与されたモバイルPCでのみ接続できるという仕様になっていた。リスクの高いPCを持ち歩き、週次報告の義務も残ってしまうという状況は結局変わらなかったのだ。この企業の仮想デスクトップ環境移行率が非常に低い状態であることは推して知るべしだろう。
この例でのポイントは、従業員が新しく導入されるICTに何を期待しているかということである。もちろん、セキュリティリスクと隣り合わせという状況から解放されたいという願いもあるだろう。しかし、この仮想デスクトップの例に限らずだが、多くの場合従業員が求めるのは「選択肢」である。ある業務目的を達成するための手段のバリエーションが、業務の効率と創造性を生み、従業員の心理的負担を軽減させるのだ。
この例に沿って述べると、本来「仮想化」という技術は物理的な制約を取り払い、選択肢を生むはずのテクノロジであるはずだが、従業員はその恩恵に与れなかったのでがっかりしたのだ。
昨今の企業のIT環境はかつてに比べれば画一的で、ハードからソフト(アプリケーション)に至るまで選択肢は非常に少ない。さらに付け加えるならば、業務を遂行する場所についても画一的だ。自分の席と会議室以外で主に利用するワークスペースが思い当たるだろうか。
業務そのものは多様性を持っているにも関わらず、業務環境(場所とICTツール)が画一的なのは不自然ではなかろうか。選択肢という観点において、従業員にとっては「会社が用意したもの」と「会社が用意しないもの」の2択になってしまっており、実質的に選択の余地はないに等しい。そうではなく、従業員は「業務に使う道具」と「業務をする場所」を自由に選択できることが望ましいのだ(図4参照)。
仮想化に代表されるデジタルテクノロジは選択肢を生むはずなのに、それが従業員に還元されていない。せっかくの投資が従業員の負担軽減につながらないということは、当然従業員価値の最適化などは起こるはずもない。ワークスタイル変革の本質は、従業員に選択肢を与えることで心理的な負担を軽減することにあるのだ。