米Amazon Web Servicesは、11月11日から4日間にわたり年次イベント「AWS re:Invent」を米ネバダ州ラスベガスで開催した。リレーショナルデータベースに加え、アプリケーション開発にかかわる主要サービスとしてコンテナサービスや「AWS Lambda」を発表した。ウェブサイトへのアクセス急増など、突発的な処理の変化に自動的に対応する「オートスケール」の技術を核に、AWSがエンタープライズ(大企業)向けITに変質を迫っていることが分かる。
2日目の基調講演をリードした米Amazon.comの最高技術責任者、Werner Vogels氏は、OSまでを共有した上で複数のアプリケーションを稼働させる、Dockerの登場で広く知られるようになったコンテナサービスとして「Amazon EC2 Container Service」を発表した。Dockerの最高経営責任者(CEO)を務めるBen Golub氏は「アプリケーション開発者はAuthor(意味は著者、創始者など)である」とし、ルータの設定やパケットの調整など、アプリケーションを稼働させるために従来必要とされている作業が、開発者の本業ではないとの考え方を示した。
2日目の基調講演をリードした米Amazonの最高技術責任者、Werner Vogels氏。「アプリケーションをつくるのに今ほどいい時はない。アプリケーションはもっと動作が速くなり、堅牢になる」と話した。
その直後に発表した新サービスが「AWS Lambda」だ。これは、ストレージへの画像のアップロードといったイベントを検知して、コードを自動実行させるもの。イベントとして受け付けるのは、AWSが2013年に発表したCEP(複合イベント処理)に近い機能を提供する「Amazon Kinesis」、ストレージサービスである「Amazon S3」、NoSQLデータベースの「Amazon DynamoDB」の3種類。
例えば、S3を利用するPOS(販売時点管理)ベースの在庫管理システムにおいて、商品の出庫といったイベントがあった場合にそれを検知し、自動的に在庫補充アプリケーションを稼働させるといったことが可能になる。
通常、こうした機能を実装するためには、S3での商品の出庫などのイベントを検知するための監視サーバを立てる必要がある。AWSベースで運用している場合も、通常は監視のためのEC2サーバを立ち上げる必要がある。
アマゾン データ サービス ジャパンのエバンジェリストを務める玉川憲氏は「EC2を立て、しかも監視するためには常時稼働させないといけない。顧客にとってはコスト負担になる」と話す。また、開発が伴うなど導入の手間も増える。また、「インフラ側がイベントを自動生成するため、ミスが減る」(同)という。
ビジネスに直結するアプリケーション環境において、EC2 Container ServiceやLambdaといった技術的要素の強いサービスを目玉として発表していることからも、AWSの注力する方向性が見えてくる。
Lambdaが発表されると会場からは大きな拍手が起きた
焦点はオートスケール
Vogels氏に紹介される形で、米Splunkの最高経営責任者(CEO)を務めるGodfrey Sullivan氏が登壇した。Splunkは、さまざまなソースから生成されるマシンデータを収集してインデックス化し、検索、分析、可視化を促すサービスを提供することで知られている。「すべてAWSベースで稼働している」とSullivan氏は強調する。
AWSを採用した理由としてSullivan氏は、システムを止めないために複数のAvailavility Zoneを使えることを最初に挙げた。
AWSにおけるRegionとAvailability Zoneの関係(出展:AWS)
Lambdaでは「必要とあれば、複数のAvailavility Zoneをまたがって数百万のリクエストを自動的に処理できる」という。
また、EC2 Container Serviceでも、複数のEC2インスタンスのリソースを共有するクラスタ構成を可能にしたことを最大の特徴としている。従来は、EC2を増設する場合には細かな設定が必要だった。現状、EC2を処理の増加に応じて自動的に増やすという機能は実装されていないが、ゆくゆくはオートスケールに準じた機能を実装するとの見通しを玉川氏は示している。
もちろん、オートスケールがAWSの強みであることは以前から多く指摘されていたことではあるが、米国のユーザー企業は特にこの機能を高く評価しているようだ。
Omnifoneのチーフエンジニアで共同設立者のPhil Sant氏
SportifyやMusic Unlimitedといった世界的な音楽サービスのプラットフォームを支えるというOmnifoneのチーフエンジニアで共同設立者のPhil Sant氏は「ハイレゾのデータ量は従来のファイルの150倍に達する。これを扱いながら止めることなくサービスを提供しなくてはならない。それを考えるとAWSだった」と採用理由を話す。
ハイレゾは例外的な事例とも言えるが、今後企業が扱うデータは動画を含めますます重くなっていく。データの大容量化と、ウェブでは不可避となる24時間365日のサービス提供、トラフィックの急増といった可能性を考えた時、S3という大規模なストレージをまたがったオートスケール機能には、オンプレミスと比較して優位性があると言える。
その意味で、突発的なトラフィック増の可能性があるゲームやメディア業界において、AWSに限らず、パブリッククラウドが広がる可能性は高い。
SportifyやMusic Unlimitedといった世界的な音楽サービスのプラットフォームを支えるというOmnifone
AWSは、IDCのProducts and Chief Research Officer部門のエグゼクティブバイスプレジデントを務めるCrawford Del Prete氏による「自社開発のクラウドが消滅し、2020年までにパブリッククラウドとプライベートクラウドの区別はなくなるだろう」とのコメントを紹介した。
統合基幹業務システム(ERP)領域でも、SAPが「Business Suite」「Business Suite All-in-One」「SAP RDS」「SAP Business One」を、Oracleは「JD Edwards」「Oracle E Business Suite」、Microsoftは「Dynamics AX」、Inforは「Syteline」、日本からはワークスアプリケーションズが「COMPANY」のAWS上での稼働をサポートしている。ミッションクリティカルと呼ばれるアプリケーションも、多くがAWSで動作するようになってきている。
だが、本当の意味でミッションクリティカルな環境で利用している例は、まだそれほど多くはない。例えば、SBI証券は、トランザクション全体の3分の2を占める価格情報の閲覧といったトラフィックを切り出し、AWSで処理している。ただし、最も重要である注文系の処理は別のシステムで運用している状況だ。
金融系のような最も厳密な運用が求められる処理には、今後もオンプレミス型のシステムが使われるとの見方が多いものの、まだまだエンタープライズ領域において、AWSのようなパブリッククラウドの利用に懐疑的な声は多い。
理由の1つがデータベースだ。多くの大企業はOracle、SQL Server、DB2など従来型の基幹系システムのデータベースに、既に大量のデータを抱えている。「正常に動作しているものに手を入れるべからず」というのは1つの鉄則だ。そして、基本的にデータベースは企業にとって最大の資産であるため、いわば「データベースを制する者がエンタープライズITを制する」といった状況がある。ただし、要求される環境の変化に応じて、こうしたシステムを刷新する動きも今後出てくるはずだ。