さらには、事業会社で幅広く技術を経験した人は、日々の研鑽により深みを増していく。多くの領域で専門性を高めることにつながる。そんな経験豊かな人が多数存在する会社へのシステムの提案において、技術的に太刀打ちができるであろうか。
これまでは“会社の能力”に対して信用を求めていたが、これからは“人のスキル”へますます傾倒していく。by nameで「あの人がいるから、この会社へ発注しよう」と考える。筆者は事業会社にて、システム開発での調達をサポートすることが多いが、何度も同じ言葉を聞いてきた。技術的なカバレッジが広く、実績に裏付けられた人がいると、任せて安心と判断されるのである。
昔はいろんなことができていた
昔のエンジニアは1人で何でもできた。「1人でSIできて、運用もできる人」が多かった。業務のことを聞けば知っているし、データベースのテーブル構造もすらすらと答えられる。ソースもレビューするし、ルーティングの変更も実施していた。「昔はできることが限られていた」と言えばそこまでだが、システムを構築するために必要な知識と経験を兼ね備えていた。
10年以上も前の話だが、筆者が担当したシステムでトラブルがあり、データセンターへ行くことがあった。OSパラメータの変更、データベース構成変更、アプリケーションのリリース作業があったが、1人で担当した。
携帯電話もノートPCもマシン室に持ち込めないので、誰にも頼れないし、ウェブで何かを調べることもできない。開発環境での事前検証を実施し、手順書を作成する。問題発生に備え、必要とするOSやデータベースのマニュアルを何冊も持ち込んで対応した。一発真剣勝負だったので、生唾をのみながら対応したものだ。
構築での経験もそうだが、運用での待ったなしの状況を乗り越えることは、色々と勉強する機会であったし、自信にもつながった。周りのサポートもあったが、一義には自分の担当領域は全部把握して、1人でやりきる気概を持っていた。
近年の主流なシステム開発では、専門性を高めることで特化した価値を提供している。画面のデザイナー、顧客と機能の仕様を詰めるシステムエンジニア、専門のデータベース管理者、インフラはサーバ担当とネットワーク担当で役割を分担している。運用設計から適切な監視、どうバッチを動かすかを考える運用担当者――。システム開発における分業制が促進されてきたため、さまざまな役割が生まれた。
そして、今では、ITのコモディティ化が進み、技術取得の敷居が低くなってきている。敷居が低くなると、色々と経験を持った人員が生まれる。企業は、一つの専門性だけより、多様なスキルを持っている方が、使い勝手が良いので、持て囃される。また、ある範囲は、海外へ発注すれば、安く早くできあがることもある。
このままでは存在価値が薄まってしまう
一部の専門的な分野以外では、ある範囲の中で必要なスキルを伸ばしていても、技術の大きな簡略化が発生すると、急に仕事がなくなる可能性がある。技術の進歩により、手間がかからなくなった。ある意味、自身の存在価値が薄まっているのである。遠い将来ではなく、今まさに切迫しているのである。存在価値を高めるためにも、エンジニアとしてスキルを研鑽していかなければならない。
では、フルスタックにスキルを身につけるといっても、どのようなスキルをどの順序で身につけるべきなのか。王道はないが、指針を具体的な例を踏まえて次回で紹介する。
- 横山芳成(よこやま・よしなり)
- ウルシステムズ 主席コンサルタント
- ウルシステムズにて、ITグランドデザイン、プログラムマネジメント、開発・運用プロセスデザイン、データ分析のデリバリを数年担当。直近では、さまざまな業種へのプリセールスや事業会社のシステム部門へ実践的なトレーニングを提供
- PMP、CISA