今度は料理で共同作業に挑戦--人間に勝利した「Watson」が進む道

Emi KAMINO 田中好伸 (編集部) 2014年12月23日 06時30分

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 「機械学習」に注目が集まっている。このソフトウェア技術は、大量のデータをコンピュータに入力して、データにある規則性やパターンを見つけ出すというもの。大量のデータというとビッグデータを思いつくだろうが、機械学習は既存のビッグデータ関連技術とは異なるものだ。

 既存のビッグデータに関連する技術は、大量のデータに潜む法則性やパターンを統計解析や分散並列処理といったものを活用して探し出すというのが大前提にあると言える。つまりは、人間が仮説を立てて、その仮説を実証するためにコンピュータを使うのである。

 対する機械学習は、人間が仮説を立てて実証するのではなく、コンピュータがデータの中から勝手に法則やパターンを見つけ出すというものだ。このことから機械学習を活用したシステムは“人工知能”と呼ばれることがある。

 この機械学習を中核にしたと言えるのが、IBMが開発する「Watson」だ。Watsonが注目を集めるようになったのが、2009年4月に米国テレビのクイズ番組「Jeopardy!」に挑戦し、2人のクイズ王に勝利したことだ。Watsonは「Wikipedia」にあるさまざまなテキスト、つまり非構造化データを学んでJeopardy!の問題に解答していた。

 Watsonは機械学習技術を中核に、自然言語を理解し、エビデンスをもとに仮説を生成し、評価も自身で行えるだけでなく、コンピュータ自身がそれを学習し、知識として蓄積していく能力を持つというのが特徴だ。つまりは、Watsonは人間が書いた言葉を文脈とともに理解している。

人間の能力をスケールさせるWatson

 IBMはWatsonに10億ドルを投資してきており、専門部署としてWatson Groupを立ち上げ、Watsonの実ビジネスへの応用を進めている。10月下旬に米ラスベガスで開催されたイベント「IBM Insight 2014」の中でWatson GroupのシニアバイスプレジデントであるMike Rhodin氏はWatsonについて以下のように語っている。

Mike Rhodin氏
「IBM Insight 2014」の基調講演に登壇したWatson GroupのシニアバイスプレジデントであるMike Rhodin氏

 「“コグニティブコンピューティング”であるWatsonはわれわれの能力をスケールさせることができる。熟練の知識は、過去の経験をもとにしている。例えば、医師は知識とともに経験からさまざまな判断を下している。非構造化データをベースにしているWatsonは業界用語を学ぶことができる」

 人間が読み書きする言葉を理解するWatsonは自然言語でやり取りできるとともに、言葉の意味を文脈からも判断できる。業界用語も学べることから「(ある業界に特化した)専門能力を理解することで専門能力を大衆化させられる。情報の民主化をもたらす」(Rhodin氏)というのがWatsonの強みになる。

 すなわち、Wikipediaにある情報をもとにJeopardy!でWatsonは人間に勝利したというのは、Watsonの可能性をわかりやすく示した事例と言える。

 人間と機械の勝負と言えば、やはりIBMのスーパーコンピュータ「Deep Blue」が、1997年にチェスの世界チャンピオンだったGarry Kasparov氏に勝利したことを覚えている読者も多いと思う。クイズ番組でWatsonは人間に勝利したが、現在は人間との共同作業に取り組んでいる。つまり、人間との勝ち負けではなく、人間との共同作業で、その技術的な潜在能力を示そうとしていると表現できる。

 具体的には、特定のがんの遺伝子的な兆候を見つける活動を進めている。この作業を進めることで、医師は患者のDNAに応じた治療計画を策できるようになるものと期待されている。

 そしてWatsonは現在、料理の世界にも進出し始めている。もととなる情報は、米国では人気料理雑誌『Bon Appetit』日本では料理レシピサイト「Cookpad」にあるメニューだ。“コグニティブクッキング”と呼ばれる、この取り組みではWatsonをベースに「Chef Watson」システムを開発している。

 ここまで読んできた読者の中には、懐疑的になる方もいるのではないだろうか? クイズ番組や医療の世界ではまだしも、料理という人間的なクリエイティビティに対して、コンピュータができることに限界があるのではないか?

人間では考え付かないような発想

 12月4日に日本IBM主催で開かれた『Cognitive Cooking at L'Effervescence』と題したイベントで、Chef Watsonとのコラボレーションメニューを披露した、フランス料理店・レフェルヴェソンスのエグゼクティブシェフである生江史伸氏は次のように振り返った。

生江史伸氏
「久しぶりにシェフの下で働く感じで楽しかった」と語るレフェルヴェソンスのエグゼクティブシェフの生江史伸氏

 「Watsonはネットの検索では出てこないような斬新なレシピを考え出し、人間では考え付かないような発想をもたらしてくれた」

 「コンピュータと料理というのは遠いイメージだったが、バーコードやATMなどコンピュータは日常の身近なところにも存在するもの。人間との共存により、新しいものをつくっていけるのではないかと考え方が変わった」

 生江氏はミシュランで2つ星を獲得した一流の料理人だ。その才覚溢れるシェフですら早晩思いつかないようなアイデアを考え出せるというのは、やはりWatsonが人工知能とも呼ばれるコンピュータだからかもしれない。

 同日のイベントで出された料理は『Bon Appetit』に掲載された9000種類以上のレシピの情報が学習されている。

 日本IBM 成長戦略 Watson担当理事の元木剛氏は次のように語る。

 「Chef Watsonは、元ネタを提供して、知識を広げていくような役割。人間の代わりを目指すというよりは、人間の能力を拡張していくというのがWatsonが担うもの」

 確かにChef Watsonは実際に調理するわけではない。あくまで料理人の“創造力”をサポートする右腕となって働く。一流シェフといえども、生身の人間が9000種類以上のレシピやそれ以上の素材の成分に至るまですべてを記憶し、またそれを瞬時に分析、判断することは難しい。

 それだけでなく、Chef Watsonは学習し、成長をしていく。元木氏曰く「人間の限界を乗り越える」ことができる可能性を持つ。その上、経験則に基づき行動しがちな人間に対して、電算処理という非人間的な活動を行えるコンピュータだからたどり着ける“意外性”という可能性も持つ。

 料理の“創造性”は何も一流のシェフに限ったことではない。家庭で毎日の食卓を担う主婦にこそ、こうした技術へのニーズは高いだろう。例えば、冷蔵庫にストックした食材の情報と結びついて、Chef Watsonの技術でその日の献立を提示してくれるような家電が一般消費者向けに製品化される日が待たれる。

 同イベントで披露されたメニューはこちらからどうぞ

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