仕事柄さまざま記事や情報を乱読していると、時に面白い「偶然の一致」に出くわすことがある。偶然の一致というのは、それぞれバラバラであるはずの、直接的な因果関係などはない事件や出来事などが、なにかの偶然でほぼ同時に起こっているといった意味だが、今回はそんな話をひとつ記してみる。
ニューヨークでみつかった秘密のマリファナ栽培工場
1週間ほど前の2月24日、ニューヨークのブルックリンである拳銃自殺があった。
ブルックリンというと、何年か前から新住民の流入も増え、一部では大規模な再開発も進んで「なかなかお洒落な場所になった」といった記事をよく目にする。IT関連分野の金が流れ込んだサンフランシスコ・ベイエリアの場合と同様、「ジェントリフィケーション(“Gentrificacion”)」という表現がよく使われてたりもする(日本のたとえばユニクロあたりでも「Brooklyn Machine Works」と胸に入ったTシャツが並んでいたりするのは、そういう「お洒落なイメージ」の表れかもしれない)。
ただ、元々はニューヨークの下町――マンハッタンからみればイーストリバーを挟んだ向こう岸で、大規模な公営住宅(“project”)が立ち並ぶ地域がいくつもあったり、倉庫や町工場の並ぶ地域が残っていたりするらしい。
前述の自殺があったレッドフック地区のダイクマン通りもそんな海沿いの倉庫街のひとつで、Google MapのSteet Viewで見ても、どこか殺伐とした雰囲気が感じられる(地図をみると近くにIKEAの大きな店舗があるのもわかる。マンハッタンからもそう遠くないことから、東京でいえば辰巳か天王洲あたり、といったところか)。
自殺したのは、この通り沿いに工場兼事務所を構えるDell's Maraschino Cherriesという食品加工会社の経営者。Arthur Mondella(57歳)という、この人物は1948年に創業された同社の3代目社長で、同社が主に手掛けているのはマラスキーノ・チェリー(カクテルやケーキなどに載っている真っ赤なシロップ漬けのサクランボ)。Fortuneによると、Dell'sは米国産マラスキーノ・チェリーの約3分の1を生産するその分野の大手で、Red LobsterやTGI Fridaysといった有名なファミレスチェーンなどにも商品を卸していたという。
そんなDell'sの事務所兼工場に2月24日朝、ブルックリン地検の捜査官や市の環境保護部門の担当者らが家宅捜索に入った。捜査の表向きの理由は、工場からの排水に関するもの――有毒物質の交じった排水をそのまま流してしていた疑いがあるとする情報について真偽を確認するためとされていた。
だが、本当の狙いはマリファナ関連の犯罪容疑で、同地検では数年前から「Dell'sの近辺でマリファナらしい匂いがする」などいった情報をつかんでいた――郵便配達人や元従業員らからそうしたタレコミがあったものの、結局これまでは捜査令状を取ることができず、Dell's内部に入れる機会をうかがっていたらしい。
数時間も続いた家宅捜索の末に、捜査員が地下へとつながる秘密の扉を発見したとか(棚で偽装されていたらしい)、それまで丁寧に対応していたMondellaがその瞬間自分専用の洗面所に逃げ込んだとか、しばらく立てこもった後に「もはや、これまで」と覚悟を決めたMondellaが「子どもたちのことをよろしく」と自分の妹に叫んで拳銃の引き金を引いたとか、まるで映画かテレビドラマさながらの展開があったとNYTimesなどの地元紙は伝えている。
このマラスキーノ・チェリー工場の地下には、2500平方フィート(約232m2、バスケットボールコート=28m×15mのだいたい半分強)のマリファナ栽培加工施設があり、さらに数十万ドルの現金、Rolls-RoyceやPorsche、Harley-Davidsonなどといった高級車やバイクなどが隠されているのもみつかったという。
手の込んだ栽培保存設備、冷凍庫、それに専用の発電装置まで完備した、こんなマリファナ工場を「Mondellaが1人で造れるわけはない」や「これだけのブツを売りさばくにはやはり組織の手を借りる必要があったのではないか」、あるいは「今時マリファナ(栽培)で捕まるくらいで自ら命を絶つヤツはいない」といった理由から、捜査当局は背後関係などの解明を進めていう、といった状況。本業がそれなりにうまくいっていたはずのMondellaがなぜマリファナ栽培に手を染めるようになったか、といった点にも注目が集まっているようだ…。
だいぶ前置きが長くなったが、この話のオチは「自殺したMondellaがiPhone 6を使っていた」というところ。ユーザー本人がパスコードを使うか指紋で認証する「Touch ID」を使うかしてロックを解除しない限り、端末内に含まれた情報を見られないという仕組みのおかげで、事件の手掛かりが欲しい捜査当局もすっかりお手上げ状態…。NYTimes記事にはそんなことも書かれてある(パスコードはご存じの通り4桁の数字の組み合わせだから、ロック解除も時間をかければ、やってできなくはなさそうな気もするが)。
気になってウェブを検索してみたところ、Touch IDは生体の指紋でしかロックを解除できない仕組みになっているらしいことも分かった(「生きた」本人の指以外を認証することはない)。言い方は悪いが、まさに「死人に口なし」ということだろうか。