米IBMのハードウェア事業というと、2014年にx86サーバを売却したことなどから、縮小モードにあるとの見方も出ているが、実際はそうではなさそうだ。
最高経営責任者(CEO)のVirginia Rometty氏は、2月26日の投資家向け説明会で、企業向けを中心に、アナリティクス、クラウド、モバイル、セキュリティなどの分野の成長に向けて、買収を除いて40億ドル(4800億円)を投資すると語った。
クラウドへの急速なシフトを打ち出す一方で、ハードウェア事業については、メインフレームを中心に高収益化していくと話している。
クラウドシフトの裏で伸びるメインフレーム
実際に米国では、数百台に分散して運用していたシステムを1台のメインフレームに統合するといった事例が急速に増えているという。
メインフレーム自体は高価であるものの、データセンターで数百台のサーバを運営するための設置コストや消費電力、冷却にかかる費用などを勘案すると、全体としてはメインフレームで運用する方が割安と判断する企業が増えているとのこと。
「この流れ、日本にはまだあまり来ていない」(IBM社員)という。クラウドシフトの本格化が強調される中、逆行する格好になるオンプレミス志向の選択肢として、メインフレームによるサーバ統合を、ユーザー企業はどのように評価するだろうか。
ホワイトボックス市場を狙う
もう1つ、IBMがハードウェア事業で面白い動きをしているのが、RISCプロセッサ「POWER」アーキテクチャを生かした製品に関する開発コミュニティ「OpenPOWER Foundation」だ。
OpenPOWER Foundationは、Google、IBM、Mellanox Technologies、NVIDIA、Tyanが設立したもの。POWERのハードウェアとソフトウェアのオープンな開発を可能にするほか、POWERの知的財産権を他のメーカーにライセンスする。
IBM以外の企業が、POWERのアーキテクチャを取り入れたCPUなどを製品化できる。広くPOWERのアーキテクチャを利用してもらうことで、さまざまな企業が参画する「エコシステム」を形成するのがIBMの狙いだ。

OpenPOWERの見どころは、ノーブランド、ホワイトボックスとも呼ばれるODM(Original Design Manufacturer)のサーバにPOWERを導入しようとしていることである。
米FacebookやGoogleなどが、大手のサーバベンダーではなく、ODMから直接購入したサーバを自社のデータセンターに導入していることが話題になっている。
IDCの調査によると、出荷台数ベースで、ユーザー企業やクラウドサービスプロバイダーがODMから直接サーバを調達する「ODMダイレクト」が大幅にプラス成長となった。2014年度、ODMダイレクトの出荷台数は前年比で63.2%増加。サーバ市場全体の7.9%を占め、上位ベンダーに相当する規模になっているという。
Facebookなど大手インターネット企業から大量のサーバを受注するODMメーカーとして知られているのが、台湾の広達電脳(Quanta Computer)やTyan、Wistronなど。中でも、TyanはOpenPOWER FoundationにPlatinumメンバーとして名前を連ねている。
IBMは、急拡大するODM市場に、これまでの主流であるx86ではなく、POWERのアーキテクチャを導入しようと働き掛けているのである。
では、なぜFacebookやGoogleは、大手サーバベンダーではなく、ODMから直接ホワイトボックスを買い付けるのか。理由は、インターネット企業大手は自社に巨大なデータセンターを持ち、高い技術力で多数のサーバを運用していることと関係がある。
通常のサーバ製品は、処理性能だけでなく、冷却や省電力性などを設計する際に、国などが定めたコンプライアンス基準を一通り満たす必要があるという。
だが、実際のところ、大手ネット企業は冷却や集約密度などを自前で考慮した上で、自社の責任で優れたデータセンターを運用している。そうなると、大手サーバベンダーが供給する製品ではオーバースペックになってしまう。そこで、自社が必要とする機能のみに絞り込み、ODMベンダーに発注することで、低コストかつ必要十分なスペックのサーバを仕入れることができるわけだ。
今後しばらくの間、シェアを伸ばすと見込まれるホワイトボックス市場に食い込むべく、IBMは着々と準備を進めている。
中国が鍵を握るのか
ホワイトボックス向けにPOWERという流れの背景に、中国政府の意向があるとの指摘も耳にした。
きっかけは、Edward Snowden氏が米国家安全保障局(NSA)の機密文書を暴露したいわゆるNSA問題だ。世界にまたがって最高レベルの機密情報が漏えいしたことに肝を冷やした中国政府は、「(盗聴されるなどの)バックドアを作らせない」と決意したと言われる。このあたりに詳しいある人物によると「ITベンダーの“既製品”の利用を避け、自らがより広く仕様を決められるように、ODM製品を積極的に採用する意向を固めた」という。
いずれにしても、IBMにとっては、中国市場との関係はともかく、ODM経由でPOWER系サーバが売れることで、関連するネットワーク機器が売れるなど、さまざまな利点があるようだ。
メインフレームやOpenPOWER Foundationなどの話を合わせ、IBMがハードウェア事業を長期的な意味でかなり明るく見通していることは印象的だ。「(x86サーバなどを指して)コモディティは、やらない」というIBMの方針が、既存のサーバ市場に今後どのように影響を及ぼしていくのかも注目される。