データは「通貨」化する
データ流通のバリューシフトを説明するのに適したメタファーがある。それは世界各国で流通している「通貨」である(図2)。
データ流通と通貨流通の共通点(図2)
現在、相当な円安が進んでいるが、一般的に円安とは対ドルに対して使われる言葉である。実際の円の価値は他の通貨、つまりユーロや元なども含めたたくさんの通貨の中で相対的に定められている。このような世界観が、企業が持つデータに比喩として当てはめることができるのだ。
自社が持つデータが「円」だとすると、他社や他業界が持つデータは「ドル」かもしれないし、「ユーロ」や「ポンド」かもしれない。同業他社ならば同じく「円」である可能性がある。そして、ドルと円を交換できるように、自社のデータと他社のデータは交換することができるという世界観だ。
ここでひとつ例を挙げよう。食品スーパーは店舗のPOSレジでどの客層に何を売ったかを把握しているが、最終的に誰が消費しているかまでは分からない。一方、電子レンジのメーカーは売れ筋の商品は分からないが、誰が最終的に商品を消費しているかを把握できるとしよう(IoT時代のスマートな電子レンジである)。
このふたつの企業が持っているデータを交換すると何が分かるであろうか。もしかすると「主婦がよく買っていく冷凍ピザは、夜中に夫が夜食で食べるパターンが多い」ことが分かるかもしれない
この情報を元に、スーパーはより夜食向けのラインナップを増やし、電子レンジのメーカーは夜食用の解凍モード等の新機能開発に着手するなどのアクションが取れるであろう。これがデータエクスチェンジの効果である。
しかし、円とドルに相場があるように、データ同士にも相場が発生するはずだ。上記の例の場合、得た知見によるメリットが大きいのはどちらかと言えばスーパーの方である。これは「最終的に誰が消費しているか」というデータが店舗のPOSデータよりも希少で価値が高いことを示している。つまり、データも利用価値に応じて「高い」相場が付く可能性があるのだ。
そして、通貨の世界では1999年に「貨幣の統一」という一大イベントがあった。欧州連合のユーロである。データにも同じく統合・統一の考え方が通ずる。先ほどの電子レンジの例に戻ると、レンジ単体で取れるデータだけでは食べ物の最終消費全てを把握できない。冷蔵庫など他の家電が持つデータや、料理を作るときにスマホで調べたレシピ情報などとの組み合わせで、「買ってきたものを最終的にどうやって消費しているか」の新しいデータが誕生する可能性がある。データの統合効果は通貨のそれよりも大きいだろう。
このように、自社のデータを通貨のように捉えることで、データ流通のバリューシフトの方向性を読みやすくなる。自社のデータが通貨であるならば、単純にたくさん生成する(通貨で言えば紙幣を刷る)のではなく、その利用価値を高める必要があるということが分かるはずだ。そして、自社のデータだけ持っている状態は、通貨でいえば資産を「円」だけで保有している状態と同じである。
自社のデータしか持っていないことは、いずれその企業のビジネスリスクになってしまうだろう。また、データは通貨と違って流通フォーマットが定められていないため、そのままでは流通に適さない。データの流通市場の立ち上がりと同時にフォーマットが定まっていくと思われるが、先行者利益を最大限獲得したいならば、自社がそれを先導する立場に立つべきだ。データ流通市場を立ち上げる競争は既に始まっていると考えた方がいいだろう。