海外コメンタリー

遺伝子検査のもたらす素晴らしくも恐ろしい未来(下)--99ドルで解析も、その先にあるもの - (page 4)

Jo Best (ZDNet UK) 翻訳校正: 村上雅章 野崎裕子

2015-08-11 06:30

テクノロジが果たしてきた役割

 ヒトゲノム計画が解析をひとまず完了し、その結果を発表した2003年頃、ゲノムのシーケンス解析コストは数千万ドルであった。このため、シーケンス解析は家庭のコンシューマー向けというよりも、高度な科学研究分野向けのものにとどまっていた。

 人間のゲノムが初めて公開されて以後、この10年強でDNAシーケンス解析の新たなテクノロジが次々に開発され、より低コストでの解析が可能になった。そして2014年の終わりには、人間のゲノム全体の解析は当初のように大金を要するものではなく、1万ドル程度で済むようになった。

 このようなテクノロジの1つに、SBS法(Sequencing By Synthesis)がある。これはビーズが発想の大元となっている。

 シーケンス解析対象となるDNAの断片を短い2本のストランドに切断し、片方をビーズの表面に付着させる。ただ、ゲノムのシーケンス解析を実施するには、たった1つのビーズにたった1本のストランドを付着させるだけでは不十分だ。ビーズの表面を覆い尽くすくらいのDNAの複製を用意してビーズに付着させることで、ゲノムでできた毛玉のようなビーズを作る必要がある。このテクノロジを開発した研究者らはどのようにして、そういったビーズを作り出したのだろうか?Schloss氏は「本当にとても賢いやり方だった」と述べ、「彼らはサラダドレッシングを作ったのだ」と続けた。


 油と酢、マスタードを混ぜるような要領で、水と油とともに、ちょっとした材料を入れて振り混ぜると、各ビーズにはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)という反応過程を発生させるために必要な化学物質を含んだ水滴が付着する。つまり、1つのビーズの表面に付着した、たった1つのDNAの断片は、PCRによって数万単位の断片に増幅され、ビーズの表面を覆い尽くすわけだ。

 その後、この水滴を破壊し、ビーズをプレート上にアプライすればシーケンス解析の準備は完了となる。そして、研究者らは塩基をストランド毎に付着させる化学反応を作り出すことになる。DNAに各塩基を追加する際、特定の生物発光系の分子を結合させる方式もあれば、サンガー法のような蛍光標識を用いる方式もある。

 単一分子の発光を識別するというのは、最先端のシステムであっても簡単な話ではない。このため、数千という規模のDNA断片を用いて、特定塩基の位置を検出できるようにするわけだ。

 残念ながらDNAは常に素直で協力的というわけではない。このため、大量にあるDNA断片の3番目のアデニンに、常に相補塩基対が形成されるとは限らず、発光色が混じりあってしまうリスクもある。しかし、ここでも先進的なテクノロジが活躍する。

 Schloss氏によると、SBS法を用いていくなかで企業は「コンピュータアルゴリズムの活用を推し進め、『クラスタ内のほとんどの分子に起こっていることを知り、ノイズを除去できる』までになった。さらに、先進的な画像分析テクノロジを用いることで、発光色の混在した未処理の画像信号からでも、ずっと長い塩基配列を読み取れるようになった」という。

 この毛玉のようなビーズは、Life Technologiesによって開発された「イオントレント」と呼ばれる次世代シーケンス解析テクノロジでも用いられている。ビーズにDNAの断片を付着させた後、それらビーズを半導体チップの表面上に作ったウェルに入れ、一連の化学反応を発生させる。すると、DNAのストランド上にある各塩基が他の塩基と対を作る際に水素イオンを放出し、ウェル内に送液された物質のpH値を変化させることになる。半導体チップは、このpH値の変化を電圧の変化として捉え、ゲノムを構成する塩基の並びとして読み取っていくというわけだ。

 蛍光標識の発光や、生物発光分子のかすかな光を捉えるためのレーザーや現像機器を搭載した大きな機械を必要とせず、電圧の変化を検出する半導体チップだけで済むため、イオントレント方式のようなシーケンス解析機器は、ぐっと小さなサイズになる。キャピラリーアレイ電気泳動システムが冷蔵庫くらいの大きさであるのに対し、イオントレント解析システムは電子レンジ程度の大きさになっている。既存のテクノロジが洗練され、新たなテクノロジが開発されていくとともに、まだまだ小さくなっていきそうだ。

ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるDNAの増幅作業
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるDNAの増幅作業
提供:iStockphoto

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