海外コメンタリー

遺伝子検査のもたらす素晴らしくも恐ろしい未来(下)--99ドルで解析も、その先にあるもの - (page 6)

Jo Best (ZDNet UK) 翻訳校正: 村上雅章 野崎裕子

2015-08-11 06:30

 同氏は「コンピューティングは今や、理論と実験という従来からある柱と並び、科学的発見における3つ目の柱となっている」と述べている。

 この柱はヘルスケア分野で重要度を増しつつあり、既存の疾病や新たな疾病と戦う研究者を助ける重要なツールとなっている。

 新たなウイルスが発見された際、研究者らはその遺伝子を特定するためにウェットラボに向かうのではなく、すぐにゲノムシーケンスの分析を行い、既知のウイルスと比較できるようになる。新たなウイルスと既知のウイルスの類似点を研究することで、新ウイルスと戦うための優れた知見が臨床医学者にもたらされる。もしも既知のウイルスと似ているのであれば、そのウイルスへの対処法は、新たなウイルスに対しても有効であると考えられるはずだ。

 Feng氏は「これら既知のさまざまなウイルスすべてに対する計算処理と、未知のウイルスとの比較処理を行うためのコンピューティングリソースが多くあればあるほど、既知のウイルスと未知のウイルスとの相関関係をより迅速に洗い出せるようになる」と述べている。

 「ただ、あらゆる人々がスーパーコンピュータを所有しているわけではない。ここがクラウドの生きてくる部分だ。われわれは他の領域で既にクラウドを活用し、生産性の向上につなげている。今度は科学分野での発見のためにクラウドをコモディティとして活用するという次の段階に移ろうとしている」(Feng氏)

 遺伝子が提示するコンピューティング上の問題は、現代の研究者にとっても1990年代や2000年代の研究者にとっても、そう大きくは変わらない。その問題とは、肥大化し続けるデータの洪水と、そのデータを妥当な速度で処理できるだけのコンピューティングリソースの不足だ。

 ゲノムの世界で生成されるデータは6カ月単位で倍増している一方、ムーアの法則に従えばコンピュータの処理能力は24カ月程度で倍増していく。

 1人の人間のゲノムをシーケンス解析すると、その結果は3Gバイト程度になる。3Gバイトという容量など大したことなさそうだが、あるゲノムをマッピングしようとすると、その10〜20倍のデータセットが必要となるのが一般的だ。このため、3Gバイトのゲノムを取り扱うために必要となるデータの総量は30Gバイトから60Gバイトとなる。

 8〜16ノードの一般的なスーパーコンピュータの能力では、単一のゲノムを処理するのに半日かかる。しかし、より詳しい処理を実行しようとすると、数千のノードが必要となる。Feng氏は「研究機関として自らの施設にそれだけのスーパーコンピュータを備えているところはそう多くない」と語っている。

 高パフォーマンスなコンピューティング環境を構築するうえでの新たな、そしてより柔軟な代替手段として、ここでもクラウドが登場する。例えば、エボラ出血熱に似た症状の病気が発生し、新種のウイルスが原因だと分かった場合、研究機関はすぐさまコンピューティング能力を増強し、既知のウイルスと比較することで、効果がありそうな治療法を模索し始められる。とはいえ、オンサイトにおけるハードウェア能力も重要であり続ける。バージニア工科大学は「Microsoft Azure」を用いて、オンサイトのシステムとクラウドを組み合わせたハイブリッドモデルを採用しており、ローカル環境で前処理を済ませた後、データの一部をクラウドに移送している。

 今後、ローカル環境やクラウドの処理能力が向上していけば、血液サンプルを分析する親指大のデバイスをスマートフォンに接続したクライアントを用いて、ゲノムのシーケンス解析を行えるようになるかもしれない。つまり、医者との問診の後、患者が待合室で待っている間にゲノムのシーケンス解析が完了する日がやってくるのも、そう遠くない未来の話なのかもしれない。

 今日の医療現場では、コレステロール値の高い患者が診察に来た場合、どういった薬を処方すれば最も効果的なのかを判断するのは医者の経験次第となっている。迅速なシーケンス解析はこの状況を変えるかもしれない。

 Feng氏は「今やっていることは、ダーツゲームのようなものだ。『とりあえずリピトールを処方するので6カ月経ったらまた来て下さい。その時に効き具合を確かめてみましょう。もし効果がなければ他の薬を処方します』といった感じだ。では、リピトールのコード化された化学構造とクレストールのコード化された化学構造があり、クラウド上に格納されている患者の遺伝子構造のデータを用いて、薬剤を摂取した時の反応をシミュレートできるとしたらどうだろうか」と尋ねた。

 Feng氏は、テーラーメイドドラッグは数十年単位ではなく、数年も経てば実現できるだろうと予測している。

 テーラーメイドドラッグに用いる細菌は既に作り出されている。また、今日でも現世代のシーケンス解析システムを用いれば、ワルファリンやクロピドグレルといった抗凝固剤が特定の患者にどのような作用をもたらすのかをある程度判断でき、それによって高血圧患者の心臓まひや心臓発作のリスクを下げることが可能になっている。

 ジェノタイピングとシーケンス解析は、われわれの遺伝子構造を理解するための出発点に過ぎない。時とともに、DNAの微細ならせん構造はわれわれ自身のことを、そしてわれわれの健康について教えてくれ、さらには夢のようなわれわれの未来を垣間見せてくれるだろう。

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