制約の向こうにある進化
自由な時間が欲しいと思ったことはないだろうか。自由な時間があればやりたいことをたくさんできるのにと……。実際には、筆者の周囲では自由時間の多さと、夢や目標の実現具合には相関がないように感じる。むしろその逆であり、制限や制約がある人ほど、目標を実現して、さらには予期せぬ進化をとげているという事例が数多くある。
Phil Hansen氏(出所:TED )
若きアーティスト、Phil Hansen氏。精密な点を多数描き、全体像を紡ぐ「点描画」と呼ばれる手法のアーティストも制約から飛躍した一人だ 。来る日も来る日も点描画を描き続けた結果、手の震えが止まらなくなった。病院に行くと「神経障害」という診断が下された。精密な点を重ねなければならないアーティストにとっては致命的だ。絶望する彼に、医者は「震えを受け入れてみたら」と穏やかに言い放った。
Hansen氏は、震える手で作品作りを開始する。ぐにゃぐにゃの線もあるがままに受け入れた。ぐにゃぐにゃを受け入れるということは、ぐにゃぐにゃに意味がある絵を描くということだった。結果、思いの外、味わいのある作品に仕上がった。
制約をもとに工夫をすると、新しい世界を開けるヒントが隠されている。
アーティスト魂に火がついたHansen氏は自分の作品に、意図的に制約を仕掛けることに努めていった。「たった1ドルで作る作品」「自分の体に描くアート」「作った作品が消えてしまうアート」……。どれもかつてない斬新な作品に仕上がっていった。
制約を受け入れても創造性は損なわれない。むしろ、制約の向こう側にこそ、イノベーションが生まれやすくなる。新しいアーティストが登場した瞬間だった。Hansen氏はこの体験をTEDで紹介し、世界的に有名になった。是非、動画を見ていただきたい。
制約がイノベーションを導くという事象は、アーティストに限った話ではない。インターネット上の新しいサービスでも、意図的な制約が興味深いサービスを作り上げ、大きなヒットにつながっている。
アート展示会場の来場者から集めた1000以上の悲劇の逸話をもとにゴッホの肖像画を描く(出所:A Moment by Phil Hansen)