社内改革に制限を組み込む
さてこうした制限は、もっと身近なところでも大きな力を発揮することがある。実際に筆者が所属する企業の改善活動で起きた話をしてみよう。弊社には大学生のアルバイトがいる。以前、社内改善のアイデアを学生に募ったことがある。学生目線の新しいアイデアを期待したのだ。結果、多種多様のものが集まった。しかし、さほどの目新しさもなく、結局、ほとんどのアイデアは実践されることなく終わった。いわゆる机上の空論で終わったのだ。

そこでやり方を変えてみた。数カ月後、再度、大学生に社内改善のアイデアを募集した。しかし今度は、発想に制限を与えた。「100円以内でできる社内改善」と募集したのだ。100円でできることには限りがある。そもそも100円で買える商品がそんなにない。オフィス関係では、ペンや紙きれぐらいだろうか。制約は、学生に発想の転換を迫る。
ある学生が、面白いアイデアを出してきた。ポストイットと色ペンで「ありがとうメッセージ」を書いて、あちこちに貼っていい日を設けるのはどうだろうというものだった。なるほど! 面白そうだとやってみることにした。みんなでポストイットと色ペンを持ち、社内に散らばっていった。
1週間に1度、映像機材を整理してくれる田中さんが、自分向けのポストイットを見つけた。「いつも整理整頓ありがとうございます」とビデオカメラの上にポストイットが貼られてあった。普段は地味な田中さんはちょっと嬉しそうだった。
小さな置物に「実はこの置物好きです。Thank you!」というメッセージが貼られてあった。誰が持ってきたのかもわからない。伊藤さんが名乗りでた。「これ持ってきたのは私です。インドネシアのお土産です」「え、そうだったの。インドネシアにいついったの」「これは何なのですか、民芸品かな」ワイワイガヤガヤ……。Thank youポストイットが従業員間の対話を生み出してくれた。ポストイット作戦は大成功に終わった。
100円以内という制限が、できることを制限する。しかし、紙とポストイットしかないという状況に絞って考えると、意外にできることがたくさんあることに気づく。100円以内と思考範囲を絞ったからこそ、フォーカスが明確になり、思わぬ仕掛けが生まれやすくなったのだ。
制限は思考のスタート地点を明確にする。最初のスタート地点が明確になると、関わる人は、その延長線上にしか思考ができなくなる。そのことが、第二思考、第三思考を生み出しやすくするのだ。
制約とは、言葉を変えれば、思考のフォーカスを絞る行為なのだ。フォーカスが広すぎると、社内のAさんとBさんのアイデアはそれぞれ全く別ものとして扱われる。つまりは接することなく消え去っていく。フォーカスを縛れば、同質の意見が出やすくなる。その行為が対話の構築を生み、進化へとつながるブレークスルーを生み出すきっかけになるのだ。
やりたいことはあるが資金がない。時間がない。リソースがない。最高である。制約を楽しもう。制約こそが進化を導く最高のツールなのだから。
- 得能 絵理子
- 早稲田大学卒業後、株式会社アクティブラーニングに入社。「能動性喚起(アクティブラーニング)」をテーマにキャリア育成、企業改革、地方自治体改革のプロジェクトなどに従事。また、クリエイティビティやチームワークを始めとするヒューマンスキルも企業や教育機関で指導。日経新聞社主催セミナーや、日経BP社ビズカレッジPREMIUMで講師を務めるなど、数百名を超える参加者も能動的に巻き込むワークショップは定評あり。
