事例としてのマネーフォワード
前編ではFintechでのベンチャーが持つ優位性として、PDCAサイクルの短さと、調整コストの低さについて述べ、実際のプレーヤー動向を紹介した。後編はMint.comやLending Clubには遠く及ばない事例ではあるが、マネーフォワードの創業経緯から、ベンチャープレーヤーとして享受してきたメリットを挙げてみたい。
われわれは2012年に創業した会社であり、ビジョンとして「人々のお金の不安を解消する」ことを掲げている。個人向けに250万人が利用するPFM(パーソナルフィナンシャルマネジメント)サービス「マネーフォワード」を展開する一方、中小企業や個人事業主向けにはバックオフィス業務を効率化する「MFクラウドシリーズ」を展開している。
マネーフォワードではさまざまな金融情報を一括管理することで、人々のお金の状況を整理し、中立的な助言を提供することをサービスモデルとして掲げている。モデルに基づき、2012年12月よりマネーフォワードでは自社のPFMサービスを提供開始した。
PFMサービスの立ち上げ
当時、日本では大手企業の運営するPFMサービスが数社展開していたが、スマートフォンへの対応はなく、また、支配的といえるプレーヤーも生まれていない状態であった。米国でMintが短期間で独壇場を築くのを目の当たりにしてきた中で、スピード感をもって市場に参入することは必須条件の1つであった。
しかし一方で、同じPFMサービスとはいえ、米国と同じモデルを展開しても、日本ではスケールしないことも明白であった。Mintの利用目的の多くを占めるクレジットスコアは日本では日常的に意識されることが少なく、また、個人の資産運用も、多くの人はまだ「これから」実施するものの1つである。ユーザーの真に役に立ち、サービス訴求していくためには、別の戦略やマーケティングのモデルを模索する必要があった。
PFMサービス「マネーフォワード」のスマホ版画面
現時点で振り返ると、この新しいモデルとは、スマートフォン中心の利用への対応、節約習慣がつくことによるメリットの強調、フリーミアムモデルでのサービス運営、独自メディアによる情報提供などを意味していた。しかし、これらの要件は事前に判明していたわけではなく、仮説を立て開発し、β版のサービスをリリース、ユーザーの意見や利用度を丹念に情報収集し、検証を進めることにより確認が行われていった。
また、ユーザーにとって直感的でわかりやすいサービス体験を提供していくためには、サービスの開発は外注ではなく社内で行っていくことが極めて重要であった。そのために必要な経営資源が刻々と変化する中で、機動的な採用や社内リソースの配分変化を、文字通り朝令暮改で行ってきた経緯がある。
さらに、高度のセキュリティと専門性を問われる自動取得システムについては、当社では創業時からベンチャーの枠を超えた経営資源を投入してきた。その結果として現在、日本全国すべての銀行の個人口座に対応するなど、同システムは格段に便利なレベルのシステムを提供し、当社の競争優位の1つとなっている。
このような資源の集中投下は、初期的には極端なリスクテイクともいえたが、家計簿の生命線である正確なデータ取得のために、事後的に見ると重要な判断であったといえる。
このような一連の判断の中では、ベンチャー企業であり、自らが意思決定から結果責任までを負える立場にいたことが、判断のスピード感を担保する大きな要因であったと考えている。