心臓のシミュレーションで心臓手術の効果を予測
富士通 未来医療開発センター エグゼクティブリサーチャ 兼 熊本大学名誉フェロー 兼 北陸先端科学技術大学院大学客員教授 門岡良昌氏
富士通の未来医療開発センターでエグゼクティブリサーチャを務める門岡良昌氏がプレゼンしたのは、心臓のシミュレータ。心臓手術のリスクを軽減するために利用するもので、術前と術後の心臓をコンピュータによってシミュレーションすることで、どの術式が適しているのかを探る。背景には、心臓手術はリスクが高く、やり方を間違えると元に戻せないという事情がある。
講演では、実際に門岡氏の心臓をシミュレーションしたモデルを見せた。心臓は電気で動いており、力学現象だけでなく電気的な現象も再現する必要がある。その結果が心電図となって現れる。コンピュータの中に再現した心臓の心電図と、実際の門岡氏の心電図を比べたところ、ピタリと一致したという。
心臓シミュレータでシミュレーションした心臓の映像
現状の医療では、心臓の具合が悪くなって病院に行っても、心電図、血圧、CT/MRI、エコー(超音波)などを利用して、基本的な動きを見ることしかできない。しかし、心臓の奥深いところでは、さまざまなことが起こっている。門岡氏によれば、同システムでは「心臓の筋肉の動きと血液の流れ、心臓に栄養を与える冠循環の血管系も再現できる」という。
心臓シミュレータを適用した事例を、門岡氏は2例紹介した。
どんな術式をすればどんな効果が得られるのかを確認
事例の1つは、先天性心疾患の例で、患者は2歳3カ月の男の子。この患者は、心臓から出ている大動脈と肺動脈が入れ替わっており、左心室から肺動脈が、右心室から大動脈が出ている。さらに、左心室と右心室の間に大きな穴が開いている。この患者の手術を行った岡山大学は、その術式が最適なものだったかどうかを富士通に相談した。
術式には、2つの異なる選択肢があった。術式1は、左心室から大動脈にいたる人工血管を作り、きれいな血液が通るようにするというもの。術式2は、大動脈と肺動脈を切って入れ替え、さらに左心室と右心室の間の穴をふさぐというもの。手術は1回しかできない。岡山大学の医師は自分の経験と知識で、術式1を選んだ。
富士通が実施した心臓シミュレーションの結果、実際に採用した術式1がベターだったことが分かった。シミュレーションによると、術式1は、血流の速度が回復。酸素飽和度も、左心室から大動脈に送られる部分を観察すると、きれいな血液が全身に送られていることが分かる。一方で術式2の場合、抵抗が大きく血圧も高い。
もう1つの事例は、心臓再同期療法(CRT)の効果を確認した例だ。前提として、心臓は、左側と右側が同時に活動することで血液を送り出す。ところが、心不全になると、片側が先に収縮して、遅れてもう片側が収縮する。これを心室同期不全と呼ぶ。こうなると、十分な血液の量を送り出せなくなる。
心室同期不全の治療法は、CRTと呼ぶ一種のペースメーカーを埋め込むこと。右心室、右心房、冠状静脈の3カ所に電極を入れて同時に刺激を与えることによって、うまくいけばきちんと拍動するようになる。この結果、それまで寝たきりだった人が歩いて帰れるようになる。
ところが、CRTは日本では1個当たり500万円もする。しかも、10人のうち3人の割合で効果が出ない。ここで、術前にCRTが効くかどうか、どのようにCRTを使えばよいか、などをシミュレーションによって検証できればメリットがある。
富士通では、73歳の患者にCRTを埋め込んだ後のデータを借りて、シミュレーションを実施してみた。まずは、CRTを埋め込む前の心臓を再現し、パラメータを調整しながら心電図を合わせた。こうしておいてから、CRTを埋め込んだ後の心電図と、シミュレーションした心臓に対して同じ位置に電極を入れた場合の心電図を比べた。すると見事に一致した。
この患者は、CRTを埋め込んでから2年後に、重篤な心筋梗塞になった。電気が通らない状態だ。シミュレーションで梗塞部位を合わせてみたら、心電図が見事に一致した。
これらが意味するところは、CRT手術前にコンピュータで心臓を再現しておけば、どこに電極を置いたらどのように心電図が変わるか、つまり心臓の動きがどう変わるかを予測できる可能性があるということだ。