「AI研究者集め」が企業にとってのボトルネックになる可能性
ところで、前々回の記事の終わりに、「ディープラーニング関連の優秀な研究者を集めるのはなかなかたいへんで、それがAppleにとってひとつのボトルネックになるのではないか」という趣旨の記事がBloomberg Businessweekに出ていたと書いた。
だが実はあの記事の見出しにある「Deep Learning 」が一種のダジャレであることに、いまになってようやく気がついた――普通なら「Steep Learning Curve(険しい学習曲線)」となるところを主題との関係で「Deep Learning Curve」と言い換えた(それで気を利かせたつもり)なのであろう。
AI研究分野の人材についての話には間違いなく、本文中には「機械学習(“machine learning”)」という言葉や、画像・音声認識などDeep Learningと関連性の高い話も登場するのでとても紛らわしいが、記事の対象とされている研究者はAI分野全体でとくにディープラーニング関連に限ったものではない。そういう勘違いをまずは訂正しておいて、話を先に進めることにする。
このBusinessweek記事(*5)は、12月上旬(7~12日)にモントリールで開かれる「Neural Information Processing Systems」というカンファレンスを踏まえたもの。内容のほうはというと、AI分野で活発に動いているIT・ウェブ大手各社の人間が、研究の成果を積極的に発表・共有するなか、Appleの関係者だけがダンマリを決め込んでいるといったもの。
このカンファレンスで昨年はGoogle、Microsoft、IBMの研究者が発表を行い、今年もBaidu、Facebook、Google、Microsoftの関係者が発表する予定になっているが、Apple関係者による発表は2年続けてなし。
またカンファレンスに参加したAppleの人間も自分のほうから積極的に動くことはめったになく、「どこの会社で働いているのか」と尋ねられるまでは身元を明かさないとか、他のカンファレンスでもAppleの人間は似たようなもので、たいていは低姿勢あるいは沈黙を保ったままなどとも書かれている。
さらに、Appleと同じくらい秘密主義が徹底しているAmazonでさえ、今年9月には自社で働くAI研究者が論文を発表するのを認めていた(同社の研究者の論文が発表された)といったことも書かれてある。
他の研究者と情報を共有しながら自らの研究を先に進めていきたい優秀なAI研究者の指向と、LinkedInやTwitterを通じて職場でのポジションを明かすことさえ控えるように求めらるAppleの秘密主義とは「水と油の関係」にあるようで、またその点を強調するかのような研究者のコメントも引用されている。
「ほんとうに力のある人間は、すべてが機密扱いされるような閉鎖的な環境に行きたいとは思わない」「勤め先選びでは『どんな人間と一緒に働くことになるのか』『就職後も自分は科学者のコミュニティの一部でいられるのか』『どれだけの自由が認められるのか』といった点が鍵になる」などとコメントしているのは、モントリオール大学でコンピュータサイエンスを研究するYoshua Bengioという名前の教授だそうだ。
さて、この記事で不満が残るのは、全体としての伝え方が公平性に欠け、それが説得力のなさにつながってしまっていると思える点。たとえば「Appleが姿勢を改めなければ、同社の研究は他社に遅れをとることになると思う」というBengioのコメントを引用する一方で、それとは別の見方をする人間の声は載せていない。
また、各社が採用したくなるような「優秀な研究者の数は限られている」としながら、その具体的な数について推測する手がかりも示していない。たとえば、Bengioという人物のいう「ほんとうに優秀な研究者」が数十人しかおらず、そのうちの約何割が(あるいは半数以上が)、オープンな職場=研究環境を優先して考えている、といった説明の仕方をしていたら、説得力も随分とちがっていただろうに、と思えてしまう。
なお、この記事中には自動車について具体的に触れた箇所は見当たらない。そのため、たとえばFacebookやAmazonで進められている画像認識などに使われたAI技術と、ロボットカーの運行で必要とされるAI技術との間にどんな違いがあるのか、あるとすればどの程度の難易度の違いがあるのか、といった点はよくわからない。
またそういう類いの疑問に対する答え、もしくはそれを見つけるための手がかりとなりそうな情報は、ウェブで公開情報を漁ってみてもなかなか見つからない…。
トヨタの新しい研究機関がAI研究者のコミュニティとどういう付き合い方をすることになるかといった点は無論まだわからない。「DARPA Robotics Challengeの元責任者」という経歴の持ち主をトップに据えるとなれば、どんな人物が働いているかが外からはわかりにくいAppleなどよりよほど有利に「優秀な研究者」集めを進められそうな感じもする。
その一方で、そうした研究者を百人単位で集める(TRIの予定では200人程度とされている)となれば、話はまた別ではないかといったことも思わずにはいられない。
そういえば、今年の春先には、ライドシェア・サービスのUberがカーネギーメロン大(CMU)にあるNational Robotics Engineering Center(米国立ロボット工学研究センター、NREC)から40人もの研究者を一気に引き抜いたせいで、NRECでは研究予算も4割くらい予定を下回る可能性も出て、一時は大変なことになっていった、という話も目にした(*6)。
NRECの予算が減ってしまったのは、国防省などと研究契約を結んでいた研究者がなくなったせいだそうだが、Uberの大量引き抜きが起こる前でさえNRECには100人を上回る程度の研究者しか在籍していなかったというのは、なんらかの手がかりになるかもしれない…この話題にこれ以上の手がかりを得ようとすれば、自分で誰かに取材するより手はなさそうだという気がしてきたので、これにてひとまず打ち止めとする。
なお、先週にはそのほか、Tony Fadell(iPod開発の責任者、現在はGoogleに買収されたNestの共同創業者兼CEO)が「スマートフォンも自動車(ここではEVのこと)も基本的な仕組みには大差はなく、EV開発で本当に難しいのはコネクティヴィティ(connectivity)に関する部分(通信網との接続のことか)と自動運転をどうやって可能にするかという部分」などとBloomberg TVのインタビューで発言していた(*7)。
またその前には、自動運転機能の開発を進めるGMに取材した記事がBusinessweekに掲載されていた(*8)。同社が2017年投入を目指して開発中の「Super Cruise」という自動運転機能に関して、「ハンドオフ」ーーどのタイミングでこの機能を解除し、遅滞なく人間が運転を取って代われるようにするかという部分で手こずっているといった話がこの記事には出ていて興味深いが、これらの話題についても今後どこかのタイミングで改めて紹介したいと思っている。