現地時間1月16日に実施された台湾の総統選挙。次期総統に当選した蔡英文氏のFacebookのページには、多数の中国人が台湾独立反対の書き込みをしている。サイバー万里の長城(GreatFireWall:略称GFW)によるネット規制のため、中国からFacebookにアクセスできないにも関わらず、である。
GFWを越える技術はいくつかあるが、メジャーなのはVPNである。検索の傾向がわかるGoogle Trendsの百度版「百度指数」でVPNという言葉の検索傾向を見ると、確かに台湾総統選の前後の期間中、検索数が普段の倍程度に増えている。
台湾総統選の直前の1月8日には、中国と台湾の関係を象徴する騒動もあった。主に韓国で活動するアイドルグループTWICEの台湾人メンバー周子瑜さんが韓国の番組に台湾の国旗を持って登場したことを、台湾出身の男性歌手であり司会者でもある黄安氏が中国の微博で「彼女は台湾独立を支持している」と指摘。中国ではTWICEの予定がすべてキャンセルされたうえに、ネットユーザーの間で芸能プロダクション「JYP Entertainment Corporation」の不買運動まで起こり、同社の時価総額が80億ウォン減少した。その後、周子瑜さんが「中国は1つ」という謝罪会見をYouTubeでアップすると、今度は台湾のネットユーザーの間で彼女が中国から圧力を受けたと話題になった。これが結果的に総統選で敗北した親中の与党国民党への逆風ともなったと言われる。
さて、こんな騒動もあった今回の選挙結果に特に反応したのが中国の愛国者たちである。百度が運営する中国屈指の掲示板群「百度貼ba(baは口へんに巴。以下に出るbaも同じ)」の中の、フォロワー2054万、スレッド数8億を数える人気掲示板「李毅ba(帝ba)」で、「台湾独立反対をFacebookに書き込もう(荒らそう)」という遠征「帝baFB出征」が行われた。2ちゃんねるでいうところの「祭り」である。ちなみに李毅というのは、変わった発言が注目されるサッカー選手で、当初は純粋なサッカー掲示板だった。しかし、いつの間にかネットの祭り的なものを好み、ブラックジョークやコラージュなどを貼りつける人々の掲示板となってしまった。
なにせ、2000万超のフォロワーがいる掲示板である。準備も周到に行われた。「台湾独立の言論や画像を収集する部隊」「宣伝と人材招集をする部隊」「台湾独立反対のスタンプなどの画像と文章を作る部隊」「外国語翻訳部隊」「広東語部隊」「Facebookに通報と、いいね!クリック部隊」に人員を振り分けた。招集には、百度貼baにとどまらず天涯などの他の巨大掲示板や微博(Weibo)、微信(WeChat)、QQなど、あらゆるSNSが使われた。これに海外の多くの中国人留学生も賛同した。
そして1月20日の19時から人々は一斉に壁を越え、Facebookの蔡英文氏や、蘋果日報(アップルデイリー)、三立新聞網のページを中心に、反台湾独立の書き込みを仕掛けた。Facebookにコメントを連続投下する様を実況する動画も登場。量に圧倒され、三立新聞網はコメントを非表示にした。蔡英文氏のページは「自由なネットへようこそ」と壁越えしてきた荒らしのユーザーを迎え入れた。当然多くの台湾人がその荒らし行為を見ることになったし、外国でもニュースとなり、多くの人の目に留まった。
VPNという言葉の検索数が上がった例は他にもある。1つは2014年9月29日。これは香港の反政府デモのタイミングだ。また2015年9月3日にもピークがあった。これは中国の抗日戦争勝利70周年記念イベントの日だ。だがそれも、「世界の意見を見たい」というよりは、「中国が何たるかを教えてやる」という目的の書き込みが少なくない。
普段はネットの規制を越えないのに、このときばかりは愛国のため、規制を越えようとする人がそれなりにいることが分かる。愛国者が集って「祭り的な荒らし」で愛国示威することを良しとするニュースメディアも少なくない。今回の人々とメディアの行動や態度は、かつて行われた反日デモのようなもの、ないしは北京オリンピックの聖火リレーでのアンチ中国論に対抗するために中国人が集結した時を思い起こさせる。そんな行為がFacebook上でまた行われたように見えたのである。
壁を越えようと思えばいつでも越えられるという一面は見れたけれど、「ネットの自由を中国人は渇望しており、ネットの壁を越えたいと思っているのではないか」「中国では海外旅行ブームだそうだが、海外に行くときに本当のインターネットを見たいと思ってないだろうか」という希望が、絵空事なのではないかと思える事件であった。
- 山谷剛史(やまやたけし)
- フリーランスライター
- 2002年より中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、アセアンのITや消費トレンドをIT系メディア・経済系メディア・トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に「日本人が知らない中国ネットトレンド2014 」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち 」など。