「このままでは無理だとわかっていても、仕切り直しに踏み切れない」理由
減点主義の組織では自ら黄色信号を出すことは難しい
通常、設計フェーズで「刺身」が登場すると、システム構築経験者なら誰もが「これはやばい」と思う。このまま進めてうまくいくはずがない、どこかで仕切り直しをしないと大変なことになる、と誰もが心の中では思っている。だが、プロジェクトリーダーは、プロジェクトオーナーに「何とかなります」と言い続け、不安を見せるメンバーには、「根性でやれ」「ベンダーをたたいてもやらせろ」と強引な要求をつきつける。
プロジェクトリーダー個人としては決して悪気があるわけではないのに、なぜそうなってしまうかと言えば、プロジェクトを発足させるときに「X年、XX億円で完了します」ということをコミットして稟議を通しているからだ。それができないということは、シンプルに組織の評価で「バツがつく」ということを意味する。
本来は、どんな稟議でスタートしようとプロジェクトは成功させなければ意味がないし、不測事態に見舞われないプロジェクトも存在しないのだが、「トラブルがあったら助ける」というモードが企業内にない限り、プロジェクトリーダー自ら「トラブルが起きています、助けてほしい」と声を上げることはできない、というのが普通の感覚だ。
ちなみに、SIベンダーはこういう場合どう対応するのか。多くのケースでは、まずスケジュールが遅延し始めた当初は、「なんとか頑張ります」と答える。そして行き詰ってくると、「サービスインの期日は死守します、でも追加のフィーと人員追加の許可を」と要望を出す。しかし、人員を追加しても、急きょ集めたメンバーのスキル・品質はバラバラで、要件のキャッチアップも思うようには進まない。
そもそも「刺身」が出現した時点で、SIベンダー社内では、「あのプロジェクトはトラぶっている」と認識され、「あのプロジェクトへのアサインメントは危ない」という機運が広まっているのが普通だ。そんな状態でアサインされた新たなメンバーの心身のモチベーションが高いはずはなく、人数は増えてもスピードは上がらず、さらなる「フィーと人員追加」が繰り返される。こうしてプロジェクトのコンティンジェンシー予算はどんどん切り崩され、遂にプロジェクトは暗礁に乗り上げる。
ある意味、ユーザー企業側よりもプロジェクト経験のあるSIベンダーのほうがトラブルへの感度は高いはずだが、それでも何も言わずに踏んばろうとするのはなぜか。
それは、自らトラブルのサインを声高に出すことは、自分たちを雇ってくれているプロジェクトリーダーを背中から刺す行為に等しいからだ。ビジネスの取り引きがをある以上、それは仁義に反する行為という感覚がある。こうして、誰もがうしろめたさを抱えながら、いつか座礁するとわかっている船で航海を続けることになる。