「教育における合理的配慮」のためのICTツールを無償貸与、WiCCと東大先端研

取材・文:阿久津良和 構成:羽野三千世 2016年04月01日 16時17分

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 Windowsクラスルーム協議会(WiCC)は、4月1日から「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」が施行されることに合わせて、教育における合理的配慮へのICT活用セミナーを3月31日に開催した。


Windowsクラスルーム協議会会長 兼 日本マイクロソフト代表執行役会長 樋口泰行氏

 WiCCは2013年5月に発足し、業界枠を超えた約80の企業が参加して、教育におけるICTの導入と利活用の促進に取り組んでいる。今回、障害者差別解消法の施行に向けて、2015年7月から2016年3月まで「合理的配慮へのICT活用推進プロジェクト」を実施。茨城県つくば市の小中一貫校「つくば市立春日学園」で、書字困難、読字困難などの学習障がい(LD)や注意欠陥多動性障がい(ADHD)、自閉症スペクトラムなどをもつ児童生徒を対象に、ICTを活用して学びを支援する実証研究を行ってきた(関連記事)。

 同日のセミナーでは、春日学園での実証研究の成果報告に加えて、同研究で得られた知見を全国展開するためのプログラム「障害者差別解消法 ICT活用プログラム」が発表された。同プログラムは、身体障がい・LDなどをもつ児童生徒の学びや生活を支援するためのタブレットやインターネット接続環境、支援アプリケーションを学校に貸与するもの。WiCCと東京大学先端科学技術研究センターとが提携して4月18日から3月31日まで実施する。申し込みは原則として全国都道府県・市町村の教育委員会、および学校法人運営の私立学校に限られるが、保護者からの相談も受け付ける。

 具体的には、(1)LDをもつ児童生徒が在籍する普通学級全体に対して、デジタル教材を使った授業を行うためのタブレット30台と無線インターネット環境を貸与、(2)身体障がいやLDを持ち、ICTを使った学習や学力テストが有効と思われる児童生徒を個別に指導するケースでは、児童生徒用と指導する教員用に2台のタブレットを貸与、(3)入院中の生徒が病室から授業に参加する場合に、タブレットを児童生徒用と学校用に2台、学校用にウェブカメラを貸与する。WiCCからICT機器などを貸し出し、タブレットの活用方法やICT機器を使った指導方法などの紹介は東京大学先端科学技術研究センターが担当する。


東京大学・慶應義塾大学教授 兼 文部科学大臣補佐官 鈴木寛氏

 WiCC会長 兼 日本マイクロソフト代表執行役会長 樋口泰行氏は、Microsoftが掲げる企業ミッション「empower every person and every organization on the planet to achieve more」と今回のプログラムは合致した取り組みだと説明し「プログラムを通じて、ICTをより人に役立つものに進化させたい」(樋口氏)と述べた。

 来賓として挨拶した東京大学・慶應義塾大学教授 兼 文部科学大臣補佐官 鈴木寛氏は、「ICTが障がいをもつ児童生徒の学習環境を劇的に支えていく優良なツールである。その有効性や活用ノウハウを全国の教育現場に展開する実装段階に入った。引き続き、行政とWiCCがタッグを組んで学習環境改善を目指したい」(鈴木氏)と語った。文部科学省は、国連総会が2006年に障害者権利条約を採択したことを受けて、2007年4月から特別支援教育の強化に取り組んできた。

 その取り組みの目的は、「教師に“合理的配慮マインド”を身に着けてもらうこと」(文部科学省 初等中等教育局 特別支援教育課 齋藤憲一郎氏)だ。具体的には、障がいの有無を問わずに共に学べる「インクルーシブ教育」に対する教職員の理解を深めるための「インクルーシブ教育システム構築支援データベース」、特別支援教育のための「特別支援教育教材ポータルサイト」などを整備した。

合理的配慮とは「特別扱いすることが平等」という価値観


つくば市立春日学園教諭 特別支援教育コーディネーター 山口禎恵氏

 前述の実証研究の成果について、春日学園教諭 特別支援教育コーディネーター 山口禎恵氏が実例を交えて報告した。一例では、特定の場所や状況で話すことができなくなる「場面緘黙症」のため普通級にいるときは無口になる2年生の男子に、入力した内容を音声で発するアプリケーションが入ったタブレットを渡したところ、アプリを使って自分の意見を述べることができるようになり、コミュニケーションの困難さの改善が確認された。

 山口氏は、書字困難をもつ児童がタブレットのカメラでノートテイクをした事例や、ADHDの特性により持ち物やスケジュールの管理が難しい児童に対してタスク管理アプリを使う指導をした事例を紹介しつつも、最も重要なのは「ユニバーサルな環境作り」だと指摘した。書字障がいや読字障がいをもつ人が学習や生活の場でタブレットを利用することは、視力が低い人が眼鏡を使うのと同じことであり、ICTを使う合理的配慮は特別なことではない。その認識を学校全体で共有し、当たり前に合理的配慮が受けられる環境を用意することが大事だとする。また、実証研究で課題になったこととして、「普通級・支援級担任同士の連携や学校や家庭の連携」「教職員がタブレットの活用するための支援」を挙げた。


東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 近藤武夫氏

 同実証研究のアドバイザーを務めた東京大学先端科学技術研究センター准教授 近藤武夫氏は、「(合理的配慮のためのICT活用については)過去の例では教師によって対応が異なり、理解のある教師が担任のときにはICTが使えたのに学年が変わったら使わせてもらえなくなった、小学校から中学校に進学したら対応が変わったなどのケースがある。同法の施行が(障がい者が教育を受ける権利を保障する)背骨になりこの状況が変わることを期待している」と述べた。

 近藤氏らの研究グループと日本マイクロソフトは、2007年から障がい者の学習と就労を支援する取り組み「DO-IT Japan(http://doit-japan.org/2016/)」を実施している。DO-IT Japanの過去の事例として、「書字困難をもつ生徒がワープロを使って大学入試を受験することを希望しても、木で鼻をくくるような対応しか取られなかった」というエピソードを紹介した。この生徒は身体障がいをもち、文字入力にはスクリーンキーボードを使用している。受験を希望する同生徒に対して大学側は、ワープロは許可しないがWindowsのお絵かきソフト「ペイント」で文字を書くことは認めると発言。生徒は半年間練習して受験に挑み、見事合格したという。

 このような合理的配慮に欠けた対応は枚挙に暇がない。「今回、法律に規定された合理的配慮は“障がい者を特別扱いすることが平等”という考え方。必要かつ適切であれば特別扱いを認めよう、教育を受ける権利も認めよう、という価値観だ。(教育や入試でのICT利用が当たり前になるためには)日本社会全体がその価値観を共有できるかどうかにかかっている」(近藤氏)

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