火薬とペンキ
現在は世界有数の大手化学品メーカーとして知られるDuPontも1800年代には家族経営の小さな会社に過ぎなかった。
ところが、1900年代に入ってPierre DuPontという人物が経営の近代化を進め、主に製造と販売という2つの職能に基づく組織化を進めたことでその後の飛躍のきっかけを掴み、この組織を上手につかって第一次世界大戦中に火薬を軍部に供給したことで、世界有数の大企業に成長することができた。
そんなDuPontが戦後になって多角化を図ろうとし、それで目を付けたのがペイント(ペンキ)の分野。ペイントが選ばれたのは、火薬に使われているのとよく似た製造プロセスでつくれると考えられたからだそうだが、いざ事業が立ち上がってみると、この民生分野の新規ビジネスは「商品が売れれば売れるほど赤字が増える」ような事業になってしまった。
よく似た方法でつくれる商品だとしても、火薬とペンキとでは売り方も大きく違う。銃弾などに使用する火薬なら軍部など一部の大口顧客を相手にしていればいいが、ペンキの場合にはそれこそ小売店を個別にまわるようなことも必要になる。それで経費がどんどん積み上がってしまい、結果的にこの新規事業は大赤字になってしまったという。
最適な製造プロセスは似ていても、最適なビジネスモデルや組織のあり方は大いに異なる。
当時の優秀な経営幹部をそろえたDuPontでも、このことに気付くまでしばらく時間がかかったが、やがて赤字の原因を突き止めた同社はそれぞれが独立採算の事業部制を導入してこの問題を解決。またこの事業部制が大成功したことで、後に多くの大企業がDuPontのやり方を真似するになったそうだ。
そんな経緯を簡単に説明した上で、Thompsonは、この事業部制を採り入れていないほぼ唯一の例外がAppleだと指摘している。