損害保険、生命保険を中心に、モバイル化、インターネット化、少子高齢化といったさまざまな外部環境の変化が起こる中で、各社にとってIT戦略が、これまで以上に重要な役割を担う時代になっている。
その保険業界大手、東京海上日動火災保険や東京海上日動あんしん生命をIT面で支えるのが東京海上日動システムズだ。一般に、保険は国や地域によって法規制などが異なるため、SAPなどの基幹業務システムパッケージを導入しにくいという事情があるという。
保険業界のシステムは世界的に見ても「スケールメリットが働かない傾向にある」と宇野氏は指摘する。「米50州なら50のルールがある」
自社開発力が問われる保険業界
東京海上日動システムズの代表取締役社長、宇野直樹氏
それだけに、各社の自社開発力が問われるようだ。保険会社に求められるIT、情報システムの在り方について、東京海上日動システムズの代表取締役社長、宇野直樹氏に話を聞いた。
マレーシアやインドといったアジア地域でも基本的には同じ。例えば、イスラム圏はイスラム保険とも呼ぶ「タカフル」に基づいている必要がある。
イスラム圏では、運用で得た利子を利用して事業運営することを投機的な行為と見なす。そのため、損害補填や相互扶助といった性質を持たせた商品がタカフルだという。
スケールしにくいという市場自体の特徴に加えて、保険業界のITへの取り組みを複雑化しているのが、少子化を背景にした海外展開への要請だ。
グループ全体の大まかな売上構成は、国内損害保険が30%、生命保険が35%弱、海外が30%となっている。既に、海外での売り上げが30%を超えていることからも、海外市場の取り込みに注力していることが分かる。
急拡大するIT化への要望
「独自開発が基本」×「海外展開強化」という掛け算でも想像できる通り、ITによる効率化が強く求められる。
モバイルアプリ「らくらく手続き」経由で、100万件以上の保険契約を締結
具体的な取り組みとして、モバイル化の波を受け開発し、2012年にサービスインしたのが、モバイルアプリ「らくらく手続き」だ。保険料を何度でも自由に試算し、紙では非常に文字の小さい契約書も拡大表示できるようにした。そのまま加入手続きまでできる。「らくらく手続き経由で100万件以上の保険契約を締結している」と宇野氏は話す。
らくらく手続はHTML5をベースにしている。2014年にWorld Wide Web Consortium(W3C)が推奨標準として正式認定したHTML5を「2012年の時点で既に採用していた」と強調する。
「技術がこれからどんどん変わっていくので、それを楽しめる人材を育てなくてはいけない」と宇野氏。「事務処理のIT化は既に終わり、今後は保険そのものがITになる」と続ける。
例えば、IoTの普及により、さまざまな保険商品が考えられるとする。サイバーリスク保険では、Amazon Web Servicesなどと連携し、サイバー攻撃を受けたことによる被害を補償するような保険商品を、顧客ごとにカスタマイズして提供するといったものだ。
センサや分析基盤を使って橋の安全管理を進めるといった場合に、橋の安全性が危うくなった際に支払われるような保険商品も考えられ、既に開発に取り組んでいる企業もある。また、ウェアラブルで健康増進の目標をクリアするとクーポンが貰えるような保険商品も考えられると宇野氏は話している。
IoTによるビジネスアイデアの数だけ、有効な保険商品の開発も可能になってくるとも言えるため、変化対応力のあるエンジニアが不可欠となってくる。
1980年代に構築したシステムを再構築
基幹系をリプレースする「Simple Process System」の概要
ここまでは、どちらかと言えば保険会社が新たに対応する「System of Engagement(SoE)」領域の取り組みだ。
一方で、基幹系システムを指すことの多い「System of Record」の革新にも並行して力を入れている。その1つが、1980年代に構築したホストコンピュータで稼働しているアプリケーションを、Apacheなどのオープンソースなどを交えて再構築する「Simple Process System」だ。
対象は、1980年代にホストコンピュータで構築した、各業種の保険商品向けアプリケーションシステム。
ガラス、競走馬、ヨット、モータボートなど関係者以外には馴染みがないものの、さまざまな業種向けの保険が存在している。個人向け商品の件数が2000万件を超えるのに対して、こうした企業向け保険は、件数ベースでは全体の6%程度に過ぎない。だが、収入金額ベースでは25%にも及んでおり、利益率の高い重要な商品である。
テーブル項目定義のイメージ
「これまでは手作業で要求を満たしていた」と宇野氏。「各業種、企業などによりシステムに投入するデータの項目が違う」という事情もある。それが「システム化はできない」と言われてきた理由でもある。
だが、今回、業種ごとに1つのテーブルを登録すると、保険の申込書、保険証券、画面などを自動生成する仕組みを新たにつくる。これにより、従来よりも小回り良く、さまざまな種類の企業向け商品を設計、開発できるようになる。前述の、IoTなどによる柔軟な保険商品開発の実現にもつながってくる重要な取り組みだ。
プログラムを自動生成
メインフレーム、COBOL、階層型データベースといった従来型の仕組みは、多種目の商品を扱うことは不得意だという。そこで、Simple Process Systemのシステムでは、オープン系サーバ、Java、XMLデータベースという組み合わせを採用することで、データレイアウトの自由度が高く、多様な商品に対応しやすいシステムにしたのが特徴だ。
厳密なスキーマを決定してからデータを格納するリレーショナルデータベース(RDB)よりも、データ構造を動的に変更できるXMLデータベースの方が柔軟性が高いと判断した。XMLは、ウェブとドキュメントの双方に相性が良いため、XMLデータベースのデータを更新するだけで、システム全体に変更を反映できる。
保険の申込書、保険証券、画面などを自動生成する
また、機能間の密結合を避け、サービス間の疎結合によって構築するサービス指向アーキテクチャ(SOA)を採用した点も特徴となっている。日本では、保険の支払い方法が、口座振替、コンビニ払い、クレジットカード、給与天引きなど多岐にわたる。「海外の多くはキャッシュか振り込みだけ。日本は特異」(宇野氏)
こうした複雑性に適切に対応するためにも、クレジットカード払いなど各機能をサービス化し、柔軟に組み合わせて全体のアプリケーションを構築できるようにしておく方が望ましいということになる。
ただし、このSimple Process System、「現状のところ、多少(導入プロジェクトが)難航している」と宇野氏。ある程度余裕を持ったスケジュールを組んでいるとのこと。