理化学研究所(理研)は6月29日、脳科学総合研究センター神経適応理論研究チームの豊泉太郎チームリーダーらの研究チームが、人の脳を模した“脳型コンピュータ”とも言える神経回路型ハードウェア(神経細胞を模倣した計算素子が互いに結合したネットワークからなる計算装置)を用いて複数の感覚入力を独立した成分に分解するためのアルゴリズムを開発したと発表した。
神経回路モデルの構造(上)と学習アルゴリズム(下)
独立成分分析(ICA)とは、例えば騒がしいパーティー会場で、複数の話者の話し声の中から注目する人の声を聞き分けることができるように、脳が複数の感覚入力を独立した成分に分解して処理する、混ざり合った複数の入力からその背後にある個々の信号源を取り出すための工学的手法の一種という。これまでは、神経ネットワークを模倣した神経回路型ハードウェアへのICA実装は、さまざまな制限から困難だった。
今回の研究では、複数の信号源が混在する感覚入力を表現する入力神経細胞と、感覚入力の中から元となる信号源の成分(独立成分)を抽出する出力神経細胞との間のシナプス強度を、経験に応じてどのように変化させたらICAを実現できるかを調べた。シナプス強度の変化を「広域信号×入力神経細胞の活動×出力神経細胞の活動」で表現する新しい計算方法を発見。「error-gated Hebbian rule(EGHR)」と名付けた。
このEGHRと従来手法を、数理解析と計算機シミュレーションにより比較した結果、従来法が出力神経細胞の数と信号源の数が等しくないと働かないのに対し、EGHRは神経細胞の数が信号源の数より多ければICAを実現できることが確認された。そして、EGHRは自然画像や動画に対して、ICAを容易に実現し、それぞれの信号源を特定したという。
EGHRによる自然動画の独立成分への分解。信号源として4つの動画を用意し(上段)、それらを混ぜ合わせて入力を生成(中段)する。EGHRは自然動画に対してもICAを実行可能であり、出力(下段)は元の動画(信号源)をうまく復元することができたという
これにより今後、神経回路型ハードウェアを用いた並列計算による、高速に画像・音声信号の要素分解が可能になると期待できるという。また、EGHRでは神経ネットワーク内の多数の神経細胞が協調的に動作することで感覚入力の背後にある隠れた原因を読み取る過程をうまく説明できるという。これまで詳細が分からなかった情報の分析により、生命科学や工学・医学の境界領域を明確にできる可能性があるとのこと。