研究現場から見たAI

アメーバから学ぶロボット開発--「振動」がAI研究を進化させる - (page 2)

松田雄馬

2016-10-13 07:00

 そうしたホタルの環境に応じたリズムの変化の様子を観察することは容易ではないが、こうした、個々のリズムが引き込みあうことで統一された1つのリズムを奏でることを観察できる生物がいる。

 いわゆる「アメーバ」のような形状をした「真正粘菌」と呼ばれる単細胞生物である。特に「モジホコリ」と呼ばれる種の真正粘菌の変形体は、黄色いアメーバの様な特徴的な形態をしており、単細胞生物とは言え、「多核単細胞生物」と呼ばれ、1つの細胞の中に、多数の核が同居している状態である。このそれぞれの核が、リズミカルに振動し、それぞれが引き込みあうことで、1つの生物個体として動いているのである。

 この真正粘菌の同期(シンクロ)が起こす現象は非常に興味深い。はこだて未来大学中垣俊之教授らの研究チームは、この真正粘菌が、迷路の最短経路を探索するということを発見した。


「国立科学博物館 筑波実験植物園 きのこ展(2016/10/01-10/10開催)にて許可を得て撮影」

 迷路の隅々に真正粘菌を配置し、スタート地点とゴール地点に餌のオートミールを配置すると、餌付近の核が、周辺の核に振動を伝え合うことによって、核同士が引き込みあい、全体の核が、最短経路に集まってくる様子が確認できる。

 個々の核は、個別に振動を繰り返しているだけにも関わらず、それぞれが引き込みあうことで、全体が最短経路を発見するということは、非常に興味深い。こうした、個々の振動のリズムが引き込みあうことで、細胞全体が1つの意思を持っているのではないか、これが「知性」の源なのではないかと、多くの研究者は考えている(例えばNECでは、生物のこのような原理を応用した「自律適応制御技術」を開発している)。

脳も「振動」を利用している

 生物を観察すると、振動のリズムの引き込みによる同期(シンクロ)を利用している例は、至る所で見られる。細胞間の引き込みによって、われわれは、心臓の鼓動や、呼吸、体内時計(サーカディアンリズム)、歩行といったさまざまな生命活動を、安定して行うことができる。

 こうした同期現象により、脳は、「結合問題」を解決しているのではないかと考えられている。「結合問題」とは、特に、脳の視覚情報処理において、別々の部位で処理されている「色」や「形」といった特徴が、どのように「結合」されているのか(すなわち、赤いリンゴを見たときに、脳はどうやって「赤いリンゴ」という認識を行っているのか)という問題である。

 この問題が解決すれば、視覚だけでなく、聴覚や触覚といったさまざまな情報から、いかにして1つの物体に関する「概念」を作り上げているか、ということが理解される可能性があり、脳の根本原理の理解に近づく可能性がある。そして、この問題に対しても、同期現象が鍵を握っているのではないかと考えられている。

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