一方で、ベトナムはASEANの草刈り場?
外国から投資も呼び込みつつ400ヘクタールの開発を行おうとする新都市開発プロジェクトの完成予想模型(一部)。小学校や中学校といった文教施設のみならず、ショッピングセンターやゴルフ場といった施設までを完備する予定。ベトナムの生活水準からすると一つの理想郷を作り上げるということかもしれない
大型投資案件としては、「ドンナイ省における、AMATA(タイ資本)による都市建設プロジェクト」「ハノイにおける、サムソンによる電気電子分野のハイテク研究センター建設プロジェクト」「チャービン省における韓国資本による風力発電所建設プロジェクト」などがあげられます。他の案件を見ても、やはり基本は「インフラ系」や「箱モノ」と呼ばれる分野です。
ホーチミン市やハノイといったベトナムを代表する大都市ではそれなりに都市整備がなされつつあります(ただ、それでも都市の再開発が必要な状況です)が、複数の省にまたがるような地方単位で整備が必要なものや、国家として整備が必要なものについては、依然として投資が望まれている状況です。タイやシンガポール資本が不動産開発プロジェクトに投資を行っている状況は、ベトナム現地の状況と合致していると言えるでしょう。
別の資料として、ベトナム政府が公表している輸出入統計も確認してみました。しかし、現時点においては、AEC発足に伴うベトナムでの輸入量総量の増加といった大きな変化までは確認できませんでした。関税が下がることで対顧客価格も下落し、購買に結び付く可能性があると考えていましたが、一部でその動きはあるものの、全体の動きにまでは至っていない印象です。
FDIについても、対前年比での伸び率に大きな変化が見られず、これまで通りの投資傾向のようです。ただ、ベトナムでは来年度もGDPの伸び率以上の法定最低賃金の値上げが予定されており、製造業者の投資も湿りがちになると考えられ、工業団地の開発を進めることが投資メリットがあるかは不透明です。そのため、不動産投資も、新都市開発やリゾート開発といった分野にシフトしていくことも考えられます。
計画投資省のホームページでは、1年ほど前にベトナム人学識経験者が執筆した経済分析レポートを掲載しています。その中には、ASEAN域内での貿易自由化がなされた場合、今のベトナムの生産性では農業分野においても工業分野においても付加価値が高い製品を作ることは非常に難しいという警鐘を鳴らすものもあります。
実際に、今年に入ってベトナムがASEAN諸国から輸入する自動車完成品の輸入税率が10%引き下げられたことに伴い、自動車完成品の輸入台数が増加しているとの報道がありました。まだ小さな変化なのかもしれませんが、これまで関税によって守られてきたベトナム国内産業が、先の警鐘のとおり打撃を受ける可能性もあります。
その点でベトナムは、「ASEAN諸国から投資をして箱モノを作っても良し」「ASEAN諸国から製品を輸出しても良し」といったように、資金回収の場としての「草刈り場」となってしまい、結果として国内産業を育成できず貴重な関税収入も失うという最悪のシナリオになる可能性も否定できません。
開発現場の一例。地元政府が推進し、外国の政府系組織とも連携しながら総合的な地域開発を行う場合であっても、こうした原野であることが珍しくない。そのため、周囲との調和という面で違和感を覚えることもある
一方で、上記のレポートでは、ASEAN域内での経済自由化がベトナム企業にとって大きなチャンスであることにも言及しています。
ベトナムはコメの輸出量で世界でも1、2位を争っていますし、他にも生産量が世界のトップクラスで、今すぐに戦略的な輸出産品にできる農産物が少なくありません。「農業の高度化のための投資セミナー」といった次世代に向けたFDIの呼びかけに応える形でベトナムの農業分野自身が成長していくことができれば、確かに大きなチャンスになるでしょう。
そのため、貿易統計を追うだけではなく、ベトナムへの投資の呼びかけと現地での実際の動きについても、引き続き注意を払う必要があると強く感じています。
- 古川 浩規
- インフォクラスター
- 内閣府及び文部科学省で科学技術行政等に従事したのち、平成20年に株式会社インフォクラスター、平成22年にJapan Computer Software Co. Ltd.(ベトナム・ダナン市)を設立。情報セキュリティコンサルテーション、業務系システム構築、オフショア開発を手掛けるほか、日系企業のベトナム進出に際して情報システム構築や情報セキュリティ教育等を行っている。資格等:国立大学法人 電気通信大学 非常勤講師、日本セキュリティ・マネジメント学会 正会員、情報セキュリティアドミニストレータ、財団法人 日本・ベトナム文化交流協会 理事