ウォルマートやLINEも採用--注目される“インナーソース開発”の勘所

野々下裕子

2016-10-05 07:30

 「企業のソフトウェア開発は“インナーソース”が当たり前になる」――。

 そんな興味深い流れがグローバル企業の間で始まっている。インナーソースとはオープンソースソフトウェア(OSS)の開発手法を企業内に取り入れ、柔軟かつスピーディーで質の高いソフトウェアを開発するというもの。

 OSS開発手法は大手ITベンダーが戦略として取り入れるほど効果があることが知られてきたが、一般の企業内でも同様の効果が期待できるとここ数年で話題になっている。具体的にどのような企業がどう取り入れ、どう運用しているかという最新事例がGitHub主催の開発者向けイベント「GitHub Universe 2016」で紹介された。

導入にあわせて体制も変化

 GitHubは昨年から本社のあるサンフランシスコで開発者向けイベント「GitHub Universe」を開催し、最新の導入事例や活用方法を紹介している。

 OSSの開発手法を導入する多くの企業がGitHubを利用していることはよく知られているが、インナーソースでも活用が拡がっていることから、「InnerSource: Reaping the Benefits of Open Source, Behind Your Firewall」と題されたセッションが開催。IBM、HP、Walmart、Bloomberg、LINEからスピーカーとして登壇し、導入のきっかけや運用方法などについて語り合われた。

 昨年から力を入れているIBMのJeff Jagoda氏は「半年前にインナーソース化にあわせて企業ポリシーを変更し、数多い組織が分業しながら最新技術を追いかけつつ、革新が行える体制にしている」という。HPのJoan Watson氏は「1000人以上のエンジニアが協業するのにインナーソースの考え方は不可欠で、市場に向けて新しい挑戦をするにはオープンな考え方であるべき」と語る。

 インナーソースへ積極的に取り組んでいることで知られているWalmartは「OSS開発手法は5年前から取り入れており、そこでGitHubを活用してきた。コードのレビューがしやすく社内資産となるデータベースとしても使いやすいことから運用が進んできた。今は小さな10人以下のチームを作って、それを横のつながりにすることで素早い開発や修正などの対応ができるようにしている」とJeremy King氏が状況を説明。「体制を変えたことで品質も上がり、アナリストからの評価も変わった」としている。

(左から)IBMのシニアソフトウェアエンジニアのJeff Jagoda氏、HPのエンジニアリングIT部門ディレクターのJoan Watson氏、WalmartのグローバルEC部門の最高技術責任者(CTO)でシニアバイスプレジデントのJeremy King氏
(左から)IBMのシニアソフトウェアエンジニアのJeff Jagoda氏、HPのエンジニアリングIT部門ディレクターのJoan Watson氏、WalmartのグローバルEC部門の最高技術責任者(CTO)でシニアバイスプレジデントのJeremy King氏
LINEでiOSエンジニアを務める稲見泰宏氏は「環境をオープンにするだけでなくコミュニケーションもオープンにするといった工夫もあったほうがいい」とアドバイスしていた
LINEでiOSエンジニアを務める稲見泰宏氏は「環境をオープンにするだけでなくコミュニケーションもオープンにするといった工夫もあったほうがいい」とアドバイスしていた

効果は開発だけにとどまらない

 日本から参加したLINEの稲見泰宏氏は、2012年からGitHubを採用しインナーソース的な使い方をしてきたという。「開発の際に韓国とのコラボレーションで活用しており、システマティックなフローで開発のクオリティを上げられる」のがメリットと説明。「主にウェブ開発で活用しているが、オープンソースにすることでやりとりがしやすくなる」とコメントした。ただし、開発者同士の普段からのちょっとしたやりとりも大事で、メッセンジャーを併用して意志疎通をする工夫もしているという。

 メディア企業のBloombergは世界で5000人の開発関係者がいるが、2年前から新しいチーム作りに取り組み、主にイノベーションにフォーカスした開発でインナーソース的な動きを進めてきたという。OSSの開発手法を浸透させるのに、他の作業の進捗状況が見えるようにするなどゲーム的な要素を取り入れるといった工夫もしている。

経済や株式情報を発信するメディア企業のBloombergは「エンジニアだけでなくジャーナリストもインナーソースに参加している」とグローバルヘッドのPanna Pavangadkar氏
経済や株式情報を発信するメディア企業のBloombergは「エンジニアだけでなくジャーナリストもインナーソースに参加している」とグローバルヘッドのPanna Pavangadkar氏

 グローバルヘッドを務めるPanna Pavangadkar氏は「ジャーナリストも参加して現場の意見を取り入れるなど日常的なコミュニケーションにも使っている」とし、インナーソースの効果はソフトウェア開発だけではなく「一つのことをみんなで考える場ができることにある」とコメントしている。

オープン化はもはや必須条件

 企業にとって必ず問題視されるのがセキュリティだ。

 HPは現時点ではサイバーセキュリティチームを配置しているが、「コードの扱いには気をつけているものの、オープンにすることへの問題はなく、むしろ経験を積んで問題にいち早く対応できるようにしていく」と言う。IBMも「インナーソースで仕事のやり方が変わり、それにあわせてセキュリティのアイデアも変わるだろう」とし、心配よりも先にインナーソースを進めることに力を入れているようだ。

 GitHubもこうした流れにあわせてセキュリティや管理機能を高めたり、プロフィールでプロジェクトへの貢献度をわかりやすくしたりするなど、コラボレーション開発などの機能を取り入れており、新しく参加する人たちのための情報フォーラムも立ち上げるとしている。ちなみに、LINEの稲見氏が提案していた、気軽に意志疎通できるようコメントに絵文字が使える機能も今回新しく取り入れられた。

 より良いソフトウェアを数多く開発することが企業の競争力につながるという状況にある中で、企業は優秀なエンジニアを集めるのに必死だが、彼らを一カ所に集めて開発するのは難しい。採用できたとしても、仕事場では規約があるので便利なツールが使えないというのでは話にならないというのが、登壇者たちの共通意見であり、企業が戦略としてOSSの開発手法を取り入れている以上、企業内で取り入れていくのは自然な流れになりそうだ。

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