ITは「ひみつ道具」の夢を見る

ドラえもんが誕生する世界のために(後編)--技術革新の行くすえ - (page 3)

稲田豊史

2016-10-23 07:00

 大戦中、原爆開発のために設立された米国・ロスアラモス国立研究所で、Neumannの同僚だったRichard Phillips Feynman(リチャード・フィリップス・ファインマン)は、Neumannから「人殺しの道具を作っている罪悪感」を完全に無化する、悪魔のようなアドバイスを受けている。NeumannはFeynmanにこう言った。


John von Neumann氏Wikipediaから引用
「自分が存在している世界に対して、責任を負う必要はない」

 絶句モノだ。

 未来デパートもGoogleも、(たぶん)人殺しの道具は扱っていない。ただ、世界で唯一、原爆を人間の住む土地に落とした国・米国で、9・11テロの翌年に公開されたハリウッド映画に、こんなセリフが登場する。

「大いなる力には大いなる責任が伴う(With great power comes great responsibility)」

 聞いたことがある人もいるだろう。2002年に映画化された『スパイダーマン』で、主人公Peter Parker(ピーター・パーカー=スパイダーマン)が育ての親である叔父のBen(ベン)から言われるセリフだ。Googleであれ、米合衆国であれ、スパイダーマンであれ、世界を左右する「力」を持つ者は、大いなる責任も同時に負うのだ。

 『ドラえもん』に話を戻そう。前編で言及した、GoogleMap搭載タブレット型端末を彷彿とさせる「トレーサーバッジ」のエピソードは実に示唆的だ。

 まず、のび太からバッジを無料配布された町内の子供たちは、それがGPS発信機能付きだとは知らない。自分の居場所が特定個人に筒抜けであることを、了解していないのだ。ユーザーの位置情報が、本人が意識することなく管理者たる一企業に筒抜けである、という現在のネット世界そのままではないか。

 しかものび太は、町内の子供たちの位置情報を第三者(母親たち)に教えてしまったため、子供たちはこぞって親に居場所を突き止められ、叱られてしまう。結果、のび太は子供たちから恨まれ、制裁を受ける。

 マンガやアニメのイマジネーションが技術革新をけん引するなら、物語が技術革新の行く末を暗示していくことにもまた、一定の妥当性がある。われわれは、「自分が存在している世界に対して、責任を負う必要はない」などという70年以上前の戯言に従う必要は、これっぽっちもないのだ。

 それがITの始祖たる、コンピュータの生みの親の言葉だったとしても。

  • 脚注
  • 【*1】てんとう虫コミックス 第12巻「ゆうれい城へひっこし」(「少年サンデー増刊」76年6月15日号掲載)ほかに登場

    【*2】てんとう虫コミックス 第35巻「ききがきタイプライター」(「小学二年生」84年11月号掲載)に登場

    【*3】てんとう虫コミックス 第42巻「宇宙完全大百科」(「小学五年生」「小学六年生」90年5月号掲載)に登場

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。
著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。
手がけた書籍は『ヤンキー経済消費の主役・新保守層の正体』(原田曜平・著/幻冬舎)構成、『パリピ経済パーティーピープルが市場を動かす』(原田曜平・著/新潮社)構成、評論誌『PLANETSVol.9』(第二次惑星開発委員会)共同編集、『あまちゃんメモリーズ』(文芸春秋)共同編集、『ヤンキーマンガガイドブック』(DUBOOKS)企画・編集、『押井言論 2012-2015』(押井守・著/サイゾー)編集など。
「サイゾー」「SPA!」ほかで執筆中。(詳細

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