ベンチャーも新規事業を立ち上げるのは難しい
ベンチャー企業なら新規事業を容易に立ち上げられるかというと、決してそんなことはない。ベンチャーにはベンチャーなりの苦労がある。まず何よりも経営資源が乏しい。ベンチャーを設立しても、資金を調達できなければ、受託仕事で食べていくしかない。投資家から初期の出資を受けられても、通常は何回かの資金調達が必要なため、成長の成果を示し続ける必要がある。
資金を使い人材を採用しようとしても、知名度が低いベンチャーに来てくれる人は少ない。既婚男性の場合、本人が入社するつもりになっても、その妻がベンチャーへの転職に反対する「嫁ブロック」という障害すらある。
ベンチャーの強みは、特定の事業領域、顧客、技術などに精通していることであり、その知見やノウハウを活かして事業を立ち上げる。他方、体制が不十分などの理由で思わぬ落とし穴に落ち、事業が上手くいかなくなることがある。資金調達では、投資家に株式のほとんどを握られ、起業家がモチベーションを失ってしまうケースがある。
製品は素晴らしくても、営業スキルが低いため、過度に安く販売してしまい業績があまり伸びないベンチャーがいる。業績は伸びているのに、社内のコンプライアンス意識が低いため顧客情報が流出し、倒産に至ったところまである。十分な組織・体制を整備できる大手であれば防げたかもしれない事態に陥るベンチャーは少なくない。
成長に伴う苦しみもベンチャーならではである。事業が成長するにつれ、ベンチャーの組織も整備されていく。従業員が50~100人を超える頃になると、社長が全社員に目を配ることが難しくなり、中間管理職が必要となる。大企業であればどこにでもいそうなこの中間管理職が足りず、ベンチャーの成長のボトルネックになることがある。
経営者の意向を汲み取り、それに基づき組織の方向を決め、部下をマネジメントして業績を伸ばせる人材は、成長途上のベンチャーにはあまり存在しない。会社を設立すれば、誰でもその日からベンチャーの社長になることができる。一方、大企業の部長になるには、熾烈な競争を勝ち抜かなければならず、ベンチャーの社長になるより難しいとされる。優秀な中間管理職とは、なかなか得難い存在なのである。
ただし、だからと言って大手の中間管理職が、そのままベンチャーに行って通用するという訳ではない。ベンチャーでは、誰もが何でも行わなければならない現実があり、財務出身のCFOが営業に行き技術の話をするというようなことは珍しくない。大手出身者がベンチャーに入っても、その実態に馴染めず、短期間で辞めてしまうこともある。
このような苦労をいとわずベンチャーを設立しても、結局は試行錯誤を実際に行わなければ、新規事業の成否は分からない。ベンチャーが成功すれば、それは顧客の課題を何か解決したということであり、世の中をより良くしたということを意味する。結果として、起業家は巨額の富を手に入れる。
しかし、ベンチャーが成功しなければ、起業家はサラリーマンよりも少ない収入しか得られないかもしれない。場合によっては会社が倒産してしまうこともある。起業家とは、考えようによっては、世の中を良くするために自らの人生を賭けて挑戦する、尊敬すべき存在と言える。そして現実は、成功する起業家よりも、そうではない起業家の方が圧倒的に多いのである。