金融機関にはないベンチャーの力とは
金融機関もベンチャーも新規事業を立ち上げるのが難しいのであれば、なぜFinTechにはベンチャーの力が必要なのであろうか。それは、起業家は自分の人生を賭けてでも成し遂げたい“思い”を持っているからである。思いがあるからこそ、起業家はベンチャーを立ち上げるし、苦しいときでも諦めず事業にしがみつき、成功するまで(資金が続く限り)挑戦し続ける。
短期間で成果が上がらなければ挑戦を諦めざるを得ないサラリーマンや雇われ経営者と、どちらが結果を出せるかは自明である。もちろん、起業家にも思いの強弱はあるし、「起業したい」というだけの動機で事業を始める者もいる。ただし、ベンチャーの経営には必ず苦しい時期が訪れるものであり、それを乗り越えられるのは、強い思いを持つ起業家である。金融機関がベンチャーと協業する場合、起業家の思いを見極め、それに共感できると望ましい。
強い思いを持つ起業家は、その思いを成し遂げられる事業領域に注力している。それは、金融機関にとっては、必ずしも中核事業とは限らない。中核事業でなければ、恐らくエース級の人材は配属されていない。ほとんど外注に任せている可能性すらある。
一方ベンチャーでは、その事業に強い思いを持つ起業家と、共感したチームメンバーが全力で課題解決に取り組んでいる。ベンチャーの方が、より良い製品・サービスを生み出す可能性は高い。特にFinTechベンチャーには、大手にいても出世コースを歩んでいたはずの優秀な人材が少なくない。社内で優秀な人材を配置するのが難しい事業領域であれば、ベンチャーとの協業を選択する方が有効である。
ベンチャーの力とは、経営者の思い、特定の顧客、特定の技術など、限定された領域に特化していることが強みとなったものである。見方によってはバランスを欠いていると言え、課題の解決、つまり新規事業の立ち上げという一点を突破するために特化したものと考えられる。
一方金融機関には、豊富な経営資源と、失敗せずにバランスよく事業を発展させていく組織力がある。金融機関とベンチャーは、それぞれの特性を生かし、補完関係を築くことが、FinTechの発展のために求められる。そのためには、金融機関とベンチャーが相互理解を深める必要があり、両者の人的交流の促進が望まれる。
- 小川久範
- 日本アイ・ビー・エムを経て2006年に野村證券入社、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーへ出向。ICTベンチャーの調査と支援に従事する。560本以上の企業レポートを執筆し、数十社のIPOに関与した。2016年みずほ証券入社。FinTechについては、米国でJOBS法が成立した2012年に着目し、国内スタートアップへのインタビューを中心に、4年間に亘り調査を行ってきた。2014年10月には、国内初のFinTechに関するレポートを執筆した。FinTechエコシステムの構築を目指す「一般社団法人金融革新同友会FINOVATORS」副代表理事。