3つのシナリオ
FinTechの今後には3つのシナリオが考えられる。
一つはFinTechベンチャーが主導権を握ってゆく「ベンチャー主導型」シナリオ、二つ目は金融機関がうまくFinTechを活用しながらサービスレベルを向上させる「金融機関主導型」シナリオ、三つ目はFinTechのメリットを享受するのはごく一部の先進ユーザーに留まり、市場全体としては主要なプレーヤーもサービスも変わらない「FinTechってあったね」シナリオ。
利用者の視点で捉えれば、シナリオ3にならないことが大切で、金融サービスのイノベーションを主導するのがベンチャーであるか金融機関であるかは関係ない。でも、放っておくと「FinTechやってます」が一通り行き渡ったところで元に戻ってしまうのではないかという懸念が付きまとう。
競争原理を求めてきたイギリス
この点、英国のアプローチは面白い。英国はFinTechの先進国として認識されているが、それは英国がFinTechブームにいち早く乗ったからではない。もともと、政府が寡占市場に競争原理を持ち込むためにあれこれ努力を積み重ねていていたのである。
バンキングライセンスを取得したスタートアップを“チャレンジャーバンク”と呼んだりするが、その走りは2010年にライセンスを取得して100年振りのストリートバンクとして設立されたMetro Bankである。FinTechという言葉が登場する前の話だ。その後も、英国政府は“Current Account Switch Service”というスキームを導入し、当座預金を7営業日以内に他行へ移すことができるよう銀行に求めるなど、競争原理の導入に腐心してきた経緯がある。
シナリオ1を狙ってシナリオ2に着地する
そうこうするうちに、FinTechブームが訪れ、英国政府はそのトレンドを捉えてFinTech企業を支援するとともに、スタートアップに対しても10を超えるバンキングライセンスを出すこととなる。Financial Times紙によると、2015年のUKのチャレンジャーバンクの株主資本利益率(ROE)は17%で、大手銀行の4.6%を大きく上回ったという。
一方で、すでにUKのリテール金融領域は十分に競争原理働いており、もうこれ以上のチャレンジャーバンクは必要ないという議論も出てきている。つまり、既存の金融機関は十分に刺激を受け、顧客サービスの向上へ向けたイノベーションに積極的に取り組むようになったというのである。つまり、ベンチャー主導のシナリオ1を志向しつつ、結果的に金融機関主導のシナリオ2も動き出したということだ。
第3世代コアバンキングシステムの登場
また、一連のチャレンジャーバンクの参入は、面白い副産物を生むことになる。第3世代コアバンキングシステムの登場である。
第1世代をメインフレームで構築されたコアバンキングシステムとすれば、第2世代はUNIXやWindowsなどのオープンプラットフォームで構築されたものだ。そして第3世代は、クラウド上に構築されたコアバンキングシステムである。
これは、低コストで拡張性があるだけでなく、API連携を前提としており、外部サービスとつながるエコシステムを容易に構築することができるのだ。つまり、もはや自らすべてを揃える必要性はない。
従来、金融サービス、特にバンキングは、そのIT投資の大きさからスケールが求められるビジネスであった。
しかし、第3世代コアバンキングシステムの登場は、バンキングというビジネスの競争原理をスケールからスピードへと変えようとしている。ベンチャー主導のイノベーションは、金融ビジネスそのものを大きく変えるインパクトをもらすのかもしれない。
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
アマゾンウェブサービス ジャパンにて金融領域の事業開発を担当。大手SIerにて金融ソリューションの企画、ベンチャー投資、海外事業開発を担当した後、現職。金融革新同友会Finovators副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術教育の老舗「美学校」で学び、現在もアーティスト活動を続けている。報われることのない釣り師