農業 × IoTが導く世界

農業ITの実情とこれから(2) - (page 2)

山口典男(PSソリューションズ)

2016-12-13 07:30

農業技術の継承

 基礎医学の研究者イコール臨床の名医では無いのと同じように、我々e-kakashiチームの半分を構成する農学系研究者集団も篤農家と呼ばれる農業の名人ではない。一方、篤農家のノウハウを科学的見地から見分し数値化して定式化することはできる。漢方と西洋医学のような関係で双方が尊重しあえる環境にある。実際に篤農家にe-kakashiを見せた時の反応は概ね良好である。

 いわく、こんな道具があれば自分はもっとできる、早く持ってこい、ただし安く、である。多くの農業を知らない人々がすごい農家というとマスコミに出てくる様なさぞかし秘伝のようなノウハウの塊のように想像することがあるが、実態は違う。

 実際は科学的にも経験的にもできることは全て挑戦して農業で成功したすごい事業家達である。彼らは科学的なアプローチをしたいと思っても期待に沿う機器がなかったのである。

 最近の技術では作物の遺伝子情報を読み取ることができる。その食物の性質としてどのような能力が備わっているか、目測が付くようになってきた。しかし、その性質がどのような条件で発現するかについて系統的に解明されているかというと2016年11月現在そこまでは行っていないようだ。

 ITやエレクトロニクスの技術者と農業関係の研究者との議論の中で非常に印象的なやり取りがあったことを記憶している。即ち、エレクトロニクス技術者いわく、「半導体工場で植物を作りたいが、作物のインプットとアウトプットの定義や植物の数理モデルがほしい。それがあれば我々はいかようにでも作物が作れるはずだ」と。

 それに対して農業分野研究者いわく、「作物を取り巻く環境を数値モデルにしてすべてのパラメータのセンシティビティを図るという事がどれ位の次元になるか想像してみてほしい。現実的にそんな数理モデルはできていない」と。

 現状、科学だけでもダメで、慣行農業の知識だけでもダメなのだ。それをどのように融合させれば実用的になるのか。農業生産者が評価するシステムになるのか。

 人類は遺伝子情報がわからない時代から、それまでに蓄えてきた知識、経験、勘と呼ばれる暗黙知を駆使して農業を営んできた。特に日本では多くの品種改良が行われ今日の素晴らしい作物が作られている。

 しかし一方、その農業を支えた農業従事者の平均年齢は64歳を超え(2016年時点)、そこで培われた農業技術を早期に継承しないと消え去ってしまう恐れがある。

山口典男
PSソリューションズ
2005年よりVodafone(現ソフトバンク株式会社)でホールセール事業責任者。同年、農業センサネットワーク「e-kakashi」を発案、事業、研究開発を行い、総務省ユビキタス特区委託事業(2009-2010年度)に選定。2008年に博士号(情報システム科学)取得。ソフトバンクグループ事業提案「第一回SBイノベンチャー」で一位通過(提案数約1200件)を果たす。

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