例えば、巷の人工知能関連書籍の中にはこのような記述がある。
"経理のように、数字に対して形式的なルールを適用する仕事は、そもそも創造性を発揮する仕事ではなく、発揮するべきでもありません。非常に人工知能に向いた仕事であり、人間が関わる余地は結果のチェックくらいになります。"「人工知能は私たちを滅ぼすのか」より
この記述を見て、筆者は、前職で経理部門が発行するExcel形式のフォーマットが毎年変更され、その対応に四苦八苦した経験を思い出した。確かに、フォーマットの変更への対応は、人間にとっては単純作業かもしれないが、機械にとっては、そう易しい問題ではない。AIは「まったく空気がよめない」のだ。

もちろん、フォーマットの変更をチェックするプログラムを書き下すことはできる。
そうすると、その「フォーマットの変更をチェックするプログラム」に書かれていない変更があった場合(行の変更だけではなく、項目の追加など)には、その「『フォーマットの変更をチェックするプログラム』の変更をチェックするプログラム」を新たに書く必要があり、それすらも変更する場合は、という、堂々巡りが発生する。
このように、「弱い人工知能」は、人間の「作業」を減らすことはあっても、人間の「職業」を減らすことにはならないのである。勿論、「今まで三人でやっていた作業を一人でできるように効率化する」というような状況は、現状既に起きている
しかし、その分、作業効率化のためのシステムを作る作業や、そのシステムをメンテナンスする作業など、新たな作業は常に生まれており、「弱い人工知能」によって、「職業」自体がなくなるということは決してないというのが私の結論だ。
もし、職業がなくなったとしたら、それは、単純にその職業の「需要がなくなった」ということだと考えるべきであり、人工知能そのものが職業を奪うわけではないということを、最後に強調しておきたい。
- 松田 雄馬(工学博士)
- 2007年3月、京都大学大学院情報学研究科修士課程修了後、2007年4月、日本電気株式会社(NEC)中央研究所に入所。無線通信の研究を通して香港にて現地企業との共同研究に従事。その後、東北大学と共同で、脳型コンピュータの基礎研究プロジェクトを立ち上げる。 2015年6月、情報処理学会DICOMOにて同研究により優秀論文賞、最優秀プレゼンテーション賞を受賞。 2015年9月、東北大学にて博士号(工学)を取得。 2016年1月、日本電気株式会社(NEC)を退職し、独立。 現在、ラオスをはじめとする発展途上地域における情報技術の現状を調査するとともに、そうした地域ならではの新事業を創出する企業の設立準備を実施している。