使命は経営陣にこそ求められる
われわれのようなITベンチャーでは、目まぐるしい市場の変化やユーザーニーズの拡大に対応するため、常に最高のスピードが求められます。私の所属する組織でもそれは同様ですが、一方で前述した通り、ユーザーにとって大切なデータを集めるため、その正確さや付加価値といった高いクォリティも同時に求められます。
さまざまな仕組みを導入することで、スピードとクォリティを両立させようと努力していますが、日々そのバランスには悩んでいます。
実際のところ、この両者のバランスは、ある瞬間では(どちらに重きを置くか)決断を迫られることがあります。一方で、ある一定以上の時間軸の上では、この2つは二律背反ではなく、「経営資源を投下して両方の実現を目指す」という第三の道も存在するはずです。その道が選択肢として挙げられないのは、その組織が実現するであろう価値が信じられないためではないでしょうか。
アカウントアグリゲーション本部は、当社が提供している他のサービスと違い、エンドユーザーとは直接は接しておらず、どれだけ頑張っても直接的な売り上げにはつながりません。ある程度の規模まで開発が進めば、場合によっては「コストセンター」としても扱われうる部署です。だからと言って、人員の削減が議題に上がったことはなく、全く逆に、より多くの優秀な人材を集めることに尽力しています。
また、われわれは、さまざまな金融機関や事業会社などと協力し、アカウントアグリゲーションで利用される技術に、コンピュータ同士が事前に決められた方式でデータをやり取りする「API」を導入していくことにも尽力しています。これによりユーザーはよりセキュアかつ確実にデータを連携させられるようになります。
当社はこの分野でも業界の最先端を走っており、日本で最も多くの銀行とAPIによる連携を実現しながら、APIの社会への浸透・伸展を後押しするため、さまざまな働きかけや提言に積極的です。
マネーフォワードは2016年10月に国内で初めて法人向けインターネットバンキングのAPI連携を開始 みずほ銀行が提供する「API連携サービス」を利用することで、会計などビジネス向けSaaS群「MFクラウドシリーズ」のユーザーは自身のインターネットバンキングのIDとパスワードをマネーフォワードに事前登録せずに取引データなどを自動取得することが可能になった
データ連携の方式がAPIに切り替わったとしても、直接的には会社の売り上げにつながるわけではありません。むしろ逆に、われわれが創業以来育ててきた、多くのウェブサイトに対応した賢い「(アカウントアグリゲーションの)ロボット」の存在が不要になることで、同業他社の参入障壁を下げることにつながる可能性も持っています。
しかし、APIを使ってデータを集められるようになれば、ユーザーがより安心してアグリゲーションサービスを利用できるようになり、データの精密さや利便性が上がり、何よりその拡張性から、これまでとは別次元のユーザー体験につながると信じています。
こうした、一見すると単なるコスト増や自社の強みの放棄に見えるような選択を取ることができているのは、われわれの経営陣が本気で「User Focus」にコミットし、それこそが会社の価値を高める正しい道だと信じているからこそだと考えています。
第一回でも繰り返し述べられましたが、内製化とは決して目的ではなく、その企業が実現すべき本質的な価値を最優先に考えたときに、社会の状況や周りの環境により導き出される手段の一つです。
クラウドサービスを始めとして、昨今ではさまざまなエコシステムが存在します。そうしたものに乗ることにより、自社の本質的な価値に集中できる場合は、躊躇なく乗り換え、価値の創造にこそ全力をつぎ込むべきでしょう。
次回以降の記事では、ユーザーと直接向き合い、最高のユーザー体験の創造を目指しているメンバーが、さらなる具体的なプロセスをご紹介していきます。
- 内波 生一
- ニュートリノ物理学を専攻、博士(理学)取得。その後、ITベンチャーでのインターンを経て、アクセンチュアにてエンジニアとしての経験を積む。2014年12月よりマネーフォワードに参画し、サービス基盤となるアカウントアグリゲーション技術の構築、開発に従事。現在はアカウントアグリゲーション本部にて本部長を務める。