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映画を変革するCG技術(前編)--心配性のバットマン - (page 2)

稲田豊史

2017-01-28 07:00

 さて、CGが映画界で存在感を増しつつあった1995年、映画人たちの心をざわつかせるドキュメンタリー番組が放映された。全9回からなるNHKスペシャル「新・電子立国」の第1回「驚異の画像~ハリウッドのデジタル技術~」だ。ここでは当時公開されたばかりのハリウッド映画「バットマン フォーエヴァー」について、興味深い逸話が紹介された。

 同作ではCG制作会社が一度は「高層ビルから飛び降りたバットマンが軟着陸し、そのまま地上をスタスタ歩きだす」というシーンを作ったが、俳優がクレームをつける可能性を鑑みて、歩きだす部分はカットした――と日本の番組MCが伝えたのだ。番組では、本編で使われなかったCG映像も披露された。


バットマン フォーエヴァー」 Amazonから引用

 この逸話には2つのポイントがある。

 1つは、CG技術の歴史的達成だ。それ以前のヒーロー映画であれば、ビルから飛び降りるバットマンのショットはスタントマンを起用して撮影し、背景を合成するだろう。スタントマンがケガをしないよう、飛び降りる先にはマットなどが敷いてある。当然、その部分は映画では見せない。一度カットを割り、本物の俳優が歩くショットを飛び降りたシーンの直後に繋げることで、あたかも着地してそのまま歩いたように見せるわけだ。

 しかしCG技術の進歩によって、バットマンを100%CGで描けるようになった。そのため、人間には不可能な動き――ビルから飛び降りて、そのまま(カットを割らず)着地し、歩きだすという、当時としては空前絶後のショットを完成させることができたのだ。

 2つめのポイントは俳優不要論である。もしCGで俳優の芝居をすべて描画できてしまうなら、俳優の存在意義は一体どこにあるのだろうか?

 当時は、スーツで身をまとったバットマン(マスクにより表情は見えない)をCG描画するのが精一杯であり、肌をさらした生身の俳優の表情を接近して描けるほどのCG精度はない。が、95年当時でも、それができるようになるのは時間の問題という認識だった。だから俳優サイドがそれを危惧し、クレームをつけるかもしれない……という懸念には、一定の説得力があった。「ビルから飛び降りる」のはスタントマンの領分だからCGに置き換わってもいい。しかし「歩く」のは役者の芝居の範疇。その防衛ラインを突破されてはなるものかと。

 実は「俳優がクレームをつける可能性があって……」という部分は、日本のMCが解説として加えただけのものなので、制作現場で本当にそういう懸念があったかどうかはわからない。ただ、「CGは生身の俳優の領分をどこまで侵食するのか」という問題意識が20年以上前のハリウッドに生まれていたとしても、なんら不思議はない。個人の権利やら肖像権やらに関しては、どの国よりもセンシティブな国であるからして。

 もしCGのバットマンが歩くだけでなく、マスクを脱ぎ、目の前にいるヒロインを抱きしめ、目で愛を語ったとして……それを観た観客がCGと気付かずその「芝居」に心を打たれたとして……しかもその演技が評価されてアカデミー主演男優賞でも取ったとしたら、オスカーの栄誉は誰が受けるべきか。俳優が心配になってもおかしくない。

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