そのことは、GOTOでBishop氏の前に行われた、深層学習に関するGoogleの発表で起きたことを見ても分かる。「Tensorflow and deep learning, without a PhD」(博士号なしで使うTensorflowと深層学習)という適切なタイトルがついたこのプレゼンテーションの内容は、期待通りのものだった。この発表は、「Google Cloud Platform」のシニアデベロッパーアドボケイト(開発者にGoogleの製品を使ってもらえるよう啓蒙活動を行う役職)Robert Kubis氏が、「TensorFlow」の使い方を手順を追って説明する実践的なチュートリアルだった。
会場は予想通り満員になった。しかし予想に反して、プレゼンテーションが進むにつれて状況は大きく変わった。終わり頃には聴衆の人数は半分ほどになっていたように見え、話を終えたときの拍手にも熱がこもっていないようだった。これとは対照的に、Bishop氏の講演が始まった時には部屋が満員に見えたにも関わらず、終盤にはもっと多くの人を部屋に収容できることが証明された。講演が終わると割れんばかりの拍手が起こり、同氏は人に取り囲まれた。
このような違いが出た理由はいくつか考えられる。Bishop氏の話し方が、Kubis氏よりも魅力的だった可能性もある。AIが作ったアートの動画や、「ブレードランナー」に言及したことが「最初にAをやり、次にBをやります」というレシピスタイルのチュートリアルよりも、聞きやすく感じさせたのかもしれない。
抽象度の高い議論が、特定のフレームワークのための実践ガイドよりも魅力的だったのかもしれない。ここではそれが、今後あらゆるものを変える可能性があると目されているTensorFlowだったとしてもだ。
あるいは、GOTOに参加した技術者が、博士号の有無に関わらず、TensorFlowを理解できなかっただけなのかもしれない。レシピ的な説明に心から興味を感じ、なぜ説明されている手順が必要で、アルゴリズムが実際にどのように働くかを理解した人が、Kubis氏の聴衆の中にほとんどいなかったのかもしれない。
それも当然だ。IBMのWatson IoT部門でチーフデータサイエンティストを務めるRomeo Kiezler氏でさえ、最近行われたAIに関するミートアップで、「われわれは、深層学習が動作することも、うまく動作することも知っているが、なぜ動作するのか、どのように動作するかを必ずしも把握しているわけではない」と認めている。しかし重要なのは、それが果たして問題なのかどうかだ。
APIの並び替え関数を使うには、必ずしもクイックソートやバブルソートの詳しいアルゴリズムを知っている必要はないし、気に掛ける必要もない。ただ関数の呼び出し方を知っていて、正しく動作すると考えられればいい。ただしもちろん、よく利用される並び替えアルゴリズムについて詳しく学んだり、分析したり、そのアルゴリズムを再現したりして、動作に対する信頼を積み上げることはできる。
しかしそれと比べると、深層学習と機械学習はかなり手強い相手だ。その仕組みはあまりに複雑で、よく知っている手続き的アルゴリズムの流儀からは大きく乖離しているため、開発者には近づきがたい存在になっている。ここに大量のデータが加わることで、システムの中身は見えなくなり、さらにデータの品質の低さが問題に拍車をかける。
今はまだAIが一般的になってから日が浅いが、この不透明性にどう立ち向かうかが、普及の鍵になるかもしれない。
この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。