緊張感と安心感のバランス
ヒューマンエラーによる事故を防ぐためには、ユーザーに緊張感をある程度保たせるだけでなく、安心感を与えるのも重要である。
逆説的であるが、「小さなエラーは起こしてしまってもすぐに気がつくことができ、システム側で事故にならないようサポートしてくれる」といった安心感があれば、大きなエラーを避けやすくなる。
前述のように人間の注意力には限りがあるので、それを「小さなエラーを避ける」に振り向けすぎるのは全体として損なのである。
「エラーを起こした当人に過度な責任を負わせてはいけない」というのにも同じ要素がある。
エラーに対して、特に、小さなエラーに対して過度なペナルティを負わせるようなことをすると、小さなエラーを避けることに注意力が無駄に振り向けられがちになる。
シャンプーのふたがあまかった・・・
また、エラーを起こしてしまったときの反応も遅れがちになり、対応が遅れ、被害を大きくしかねない。
こうしたことは計算機システムに限らず、会社組織などでも同様である。
「『ミスを許さない組織』は『ミスを隠す組織』になる」と言われるのを聞いたこともある方も多いであろう。
むしろ「『小さなミス・事故』でもすぐに報告する」ことに対してインセンティブを与えるくらいのほうがよい、とも言われる。
個々人の安心感にもつながるし、組織全体としても小さなミスや事故が重大な事態に発展する前に(重大な事故は複数のミスが重なって起きることも多い)対応することができる、という安心感にもつながる。
緊張感と安心感のバランスが「ヒューマンエラーを防ぐためのUX、起こしてしまったときのUX」のキーポイントの一つである。
指差喚呼
安全性が高く求められる業種では、ヒューマンエラーを防ぐための作業時の確認の手段も発達している。
鉄道の現場などでの「指差喚呼(しさかんこ)」や「指差し確認」と呼ばれる手法を聞いたことがあるだろうか。
「確認や操作の対象を指で差し、対象の状態や操作内容を声に出す確認方法」のことである。
これは、確実に確認するためのさまざまな要素を含んでいる。
まずは対象物を指差すことで、視線・注意を確実にそちらに向けることができる。
加えて、確認すること・確認したことを声に出すことで確実に意識し、また、その声を自分で聞くことで、眼と耳という違うモダリティ(感覚)を使った確認となり、異常などに気がつきやすくなる。
これはまた「確認をしたこと」自体を記憶しやすくもしている。
そして、これらをきちんとステップを慌てず踏むことで、確実に一定の時間を掛けた確認ができる。
この方法は、実際にエラーを減らせることが実験でも確かめられている。
はたから見ると仰々しく思えるかもしれないが、その仰々しさもある程度の緊張感を引き出すのに役立っていると言えよう。
オフィス内などでの計算機の操作に全部そのまま持ってくるわけにもいかないが、指差し、あるいはマウスカーソルを移動させて確認させたり、1つのデータを、複数のモダリティで確認できるようにする、といったことは取り入れやすい。
「適度な仰々しさ」ということも意識するとよい要素であり、UXという視点からも重要である。
最後に
今回の話のベースには、認知心理学と呼ばれる分野の膨大な知見がある。
ここで取り上げなかった話も当然ながら多数あるので、興味を持たれた方は、ヒューマンエラーに関わる部分もそれ以外の部分も、より広く深く勉強していただきたい。
そして、そうした知見をUIやUXの設計に積極的に取り入れ生かしてほしい。
- 綾塚 祐二
- 東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所、トヨタIT開発センター、ISID オープンイノベーションラボを経て、現在、株式会社クレスコ、技術研究所副所長。HCI が専門で、GUI、実世界指向インターフェース、拡張現実感、写真を用いたコミュニケーションなどの研究を行ってきている。