世界のInsurTechのいま
保険版FinTechはグローバルにはInsurTechと呼ばれるのが一般的である。InsurTechは、端的には銀行や証券業界でFinTechが起こしてきた、また起こしつつあるビジネスモデルの革新を保険業界にも適用していこうという一連の試みのことをいう。
保険ビジネスが、銀行や証券ビジネス以上に古い慣習にとらわれているというのは、何も日本に限ったことではなく、各国ともInsurTechは、FinTechにいわば一周遅れる形で立ちあがってきたテーマである。たとえば海外のFinTechメディアであるDaily FinTechでは、2015年3月、保険をテーマに掲げるメジャーなスタートアップ企業はまだ少ないと分析していた。しかし、それから2年後の2017年3月の時点で、InusurTechは”カンブリア爆発期”を迎えており、多くの資金調達活動が見られるとして、世界的にInsurTechがFinTechのメジャーな投資テーマとなっていることを報告している。
実際、InsurTechをテーマに掲げるスタートアップ企業のベンチャーキャピタルからの資金調達の状況(表参照)を見ると、米国、アジア、欧州で数多くのInsurTechスタートアップが資金調達に成功し、事業開発を加速させている様子がうかがえる。特に近時では、Brexitの影響による、欧州FinTechにおけるロンドンの地位の相対的低下が、保険の世界にまで及びつつあること、その結果、独ベルリンが新たにInsurTechのハブ的地位の獲得に名乗りをあげはじめていることが注目されている。
スタートアップ企業名 | 地域 | VC調達額(百万米ドル) | セグメント |
---|---|---|---|
Zhong An | 中国 | 900 | 生命保険 |
Oscar | 米国 | 727.5 | 医療保険 |
Zenefits | 米国 | 583 | 保険販売 |
Metromile | 米国 | 205 | 自動車保険 |
Accolade | 米国 | 163.34 | 医療保険 |
Collective Health | 米国 | 125 | 医療保険 |
Bright Health | 米国 | 80 | 医療保険 |
Lemonade | 米国 | 60 | P2P保険 |
Trov | 米国 | 46.27 | 損害保険 |
CXA | シンガポール | 25 | 福利厚生 |
Knip | スイス | 18.3 | 保険販売 |
Friendsurance | ドイツ | 15.3 | P2P保険 |
Praedicat | 米国 | 12 | 大規模災害リスク分析 |
QuanTemplate | 英国 | 10.25 | 保険データ分析 |
Bought By Many | 英国 | 9.14 | P2P保険 |
かくしてInsurTechをめぐって、グローバルな投資マネーが大胆な仕掛けを講じ、グローバルに活動する保険会社とのオープンイノベーションが進展している。こうしたInsurTechスタートアップは、インターネットを基盤としてデータを武器とするビジネスモデルを構築しているので、その狙いは当然にグローバルマーケットの制覇にある。世界的に大きな保険マーケットを優先ターゲットとして、可能な限り早くグローバルに展開することで、データを押さえに行く戦略をとっていることは明らかであり、いったんビジネスモデルが固まれば、一気に海外展開を加速してくるだろう。
日本のInsurTechの現状
こうした世界のInsurTechの動きに対して、日本のスタートアップ業界と保険業界の動きは極めて緩慢である。日本で真の意味でInsurTechを標榜してビジネスモデルを確立しているスタートアップ企業は皆無であり、海外のInsurTechの動きをウォッチしてきている筆者の感覚では、控えめに言っても2~3年は後れを取っているといわざるをえない。
銀行や証券分野では、FinTechをめぐる日本の対応が遅れていることに2015年の前半期に気づき、そこから2年をかけて、既存の金融機関とFinTechスタートアップ企業が手を携えて、規制の改革やフロントエンド実務のIT対応、オープンイノベーションのための提携を容易にするガバナンス枠組みの改善などに集中的に取り組んできた。その結果、仮想通貨法制の導入や銀行APIの導入など、決済分野を中心に、既存の金融のビジネスモデルの変革を迫る世界的な”破壊的イノベーション”に対応できる制度・実務環境の整備がなされつつある。
日本のInsurTechは、こうしたものにまだ手を付けられておらず、銀行・証券分野と比べても、海外の保険分野と比べても、周回遅れの状態にあるといえるだろう。