現在のInsurTechは、第四次産業革命による保険の激変に突入する準備段階にある
海外のInsurTechの事例を研究している一部の保険業界の者からは、「海外で起こっているInsurTechサービスは大した規模のものではなく、InsurTechはニッチサービスに過ぎない」という声も聞かれる。これもイノベーション戦略を理解しない誤った考え方だ。
スタートアップ企業は、当初は取るに足らない小さなビジネスからスタートする。既存プレイヤーは、大した市場ではないとしてそれを無視するが、その間にスタートアップは革新的な技術を用いてニッチ市場で顧客を獲得し、知見を蓄えていく。
そして新たな技術と顧客のニーズについて十分に習熟したところで、既存事業者が持っていない新たな技術を駆使した革新的なサービスをメインマーケットにぶつけてくる。これこそがスタートアップの勝利パターンであることは、古くは3.5インチのフロッピーディスクの時代から繰り返し実証されてきたことだ。
保険は銀行や証券のビジネスに比べて、より「実ビジネス」「実生活」に近い金融分野だ。その分、単に資金や証券を決済することで成り立つ銀行や証券のビジネスよりも、情報化の影響を受けにくい。海外でもInsurTechが他のFinTech分野よりも遅く立ち上がっているのは、この点に理由の一つがある。しかし、いまわれわれは、実生活のあらゆるところにセンサが張り巡らされ、データをもとに「実ビジネス」「実生活」を大きく変えていこうという第四次産業革命のとば口に立っている。この大きな産業変革の流れはどう見ても、InsurTechサービスが実現しようとしている事業構想が将来のリスク管理ビジネスの本流になることを示している。
真の課題はInsurTechスタートアップの不足
以上、日本のInsurTechのアジェンダを整理してみた。これまで5年ほど、銀行・証券業界で日本にFinTechの流れを作り出すための支援をしてきた経験から言うと、日本のInsurTechにおける真の課題は、これを担うスタートアップ企業がなかなか出てこないことにある。その要因は大きく分けて2つある。
第1は人材面の要因である。InsurTechに取り組むためには、データ収集や分析に関する深い知見を持つエンジニア人材と、保険業というビジネスに対する深い知見を持つビジネス人材の組み合わせが不可欠だ。人材の流動性の高いエンジニア人材は、自らのスキルを用いれば、非効率な保険ビジネスを大きく変えることができるのではないかと目論むことはできるが、保険実務を知らないので、それが絵空事なのかどうか、それを行うために必要な規制の変更が現実的なものなのかどうかを見積もることができない。
これに対して、日本の保険領域のビジネス人材は、概して保守的な傾向が強い。証券業界の人材のように、機を見てスタートアップ市場に打って出るという人材を見出すことが難しい。独立するとしても、すぐに売り上げが立つ保険募集ビジネスまわりに集中してしまい、売り上げゼロの期間を経てスケールする基盤を作り出すスタートアップ型のビジネスモデルに手を出す人材は極めて少ない。人材のマッチングのむずかしさが、日本のInsurTechスタートアップの立ち上がりが鈍い理由の大きな原因を占めているのである。